A.Banana.S

古代ローマ、NACSさん、ドートマンダーにパーカー、西武ライオンズ、FEプレイ日記(似非)・・・好きなことをぽつぽつと。

ご生誕日。ところで、近況。

……というわけでして、毎年ブログをアップする日なのですが、此度は間に合わず小細工を……(言わんでいい)

 

(写真は、ポッツォーリからナポリ湾を臨む)

 

昨年は、古代ローマ三作目をアップしました。今年の今頃は四作目の構想に取りかかっている予定だったのですが……現在、まったくもってなにも手つかず。おお、このままでは不勉強どころか、またなにもかも忘れてイチから調べ直しだ……!

ら、来春には、構想を、そして夏には書き出したいと考えています。

今は、大変動の後、結果的に少しだけ状況が変わり、平日に書ける文字数が2000字程度と半減したため、どうなることやら、いつになるやらではありますが。

いや、それが普通だ。フルタイムでまともに働いていたら、そうなるのが当然だ……! 今までがおかしかったというか、恵まれていたんだ……。

 

なんて言いながら、今も暇を見ては、需要のない遊びの書き物をして、もう十万字超えしております。これが終わったら、古代ローマ四作目かと思っています。また脱線せねばよいが……

 

せ、せっかくの日に、目新しい記事も書けない状況が情けないので、埋もれた過去記事を貼ります。ご容赦。

 

(……えっ、9年前? ということは、来年でこのブログ10年目……!?)

 

 

(※以下、ご生誕日に無関係の、どうでもよい近況)

 

 

昨年の同日の記事は、ご生誕日のあとに、「長旅の途中から」などと書いておりました。

現在、どうやらその長旅が終わりました。本当に色々なことがありました(白目)。

もっと長いスパンで言えば、コロナ禍と重なっているのですが、2020年の開始とともに

荒波の只中にほうり投げられ、変化を余儀なくされたような日々でした。

その間、古代ローマ三作目やらあれやらこれやらを、隙を見て書いて完成させたのは、今思えば我ながら奇跡のようでした。……いや、そうやって我が心の楽しみを保っていたわけでしたね、きっと。

 

紆余曲折を経て現在は(白目)、ほぼ元通りになったと申して差し支えない状況です。

 

いや、やはり変わりました。迷惑をかけた方々には恐縮ですし、もう一度同じ道はたどりたくないとは思いますが、終わってみれば、一個人としてなにも無駄なことはなかったし、経験してよかったことだと思っています。そのうえで収まるべきところに収まることができた私は、幸運かつ幸福だと思っています。

 

そんななか、この秋私も「とある年齢」に達しました。いわゆる不惑ってやつですね。

惑いっぱなしの半生で、ぎりぎり間に合ったのか……?みたいな感じで(苦笑)

 

今は、決して永遠ではないとわかっている「平穏」が、もうしばらく続いてほしいとだけ願っています。

もう当分変化はたくさんだ! せめて今年度いっぱいだけでも、平穏無事に、落ち着いて仕事をさせてください! それが心の安らぎです。次の変化は、いずれどうなってもいつかは来るのですが、もう少しだけ平穏の中で休ませてください……!──というのが、現在の正直な気持ちです。

 

そうしているうちにも、人間は年を取ります。なにを為しても為さなくとも。

 

老化はきました。わかりやすく、笑。他人様よりたぶん早いとか遅いとかなく、普通に。どっか痛いとか病気だとかいう類でないのは、幸いですが。

 

好きなものごと、推し、という点では、変化がありません。相変わらずNACSさんファン、西武ライオンズファン。最も愛する作品も同じ。3年を経て、好きではなくなったものはたぶんない。

ただ、旅したい欲は、かなりなくなりました。狂ったように毎年県外に出かけていた、あのフットワークが夢のようです。やはり年を取ったということか、それとも諸々世知辛い世の中であるせいか。

まぁ、実生活で引っ越し&転職を二度も三度もしたのだから、いくら楽しみのためとはいえ、旅行したいと思わなくなるのも、当然の現象かもしれませんな。

肉体はともかく、精神のほうは成熟しないまま老化へと向かうところのなのか……?

まぁ、ともあれ、半端に若いよりは、楽になったと思うようにしてもいいか、と。

 

若いってのは大変だな。一方で、老齢を生きるのも大変だな。

今はちょうど、その「間」にいるんでしょうか。

こういう時に書いておくべき小説が、なにかあるような気がしているこのごろです。どうにもまだ構想になりませんが。

 

くり返しますが、しばらく神様仏様、変化はご勘弁を、の心境。仕事と家の無事往復、時々書き物で、幸福を実感する日々なのです。

 

そして、「なんのために戻って来たのか」と毎日思い返します。

他人から見れば短絡的で、刹那的で、長いヴィジョンもなにもなく、取るに足りないであろう望みが、叶ったところなのです。喜びを噛みしめて生きています。

 

結局こういう生き方しかできない人間。それを受け入れるのが「不惑」なのでしょうか。

 

とはいえ、年は取ったにしても、老け込むにはまだ早い。隙のあるうちに、パワー充電しておきます。

……と、無理矢理まとめます。

 

 

次記事は、今年の「亀映画」の話でも上げたいですね……!