ふと思い出した・・・『高慢と偏見とゾンビ』
- 作者: ジェイン・オースティン,セス・グレアム=スミス,安原和見
- 出版社/メーカー: 二見書房
- 発売日: 2010/01/20
- メディア: ペーパーバック
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いや、すいぶん前にタイトルだけで衝動買いしてしまった本というだけなのですが(笑)、こういう笑いに弱いです。実際に読んでみたら、大笑いを期待していただけに中身はもうちょっと・・・な感がありましたが、でもこんな発想は楽しいので好き。
原作者ジェーン・オースティンの作品なら、私は『エマ』が特に好きです。ナイトリーさんは、もう長いこと私的「理想の旦那フィクション部門」のトップ2に君臨しておられます。もう一人はシーリー・ブース(BONES)なのですが、前シーズンはちょっとオイオイなところを見せてくれましたな。秋にはまた新シーズンかな。またどえらくメンタル鍛えられるかな(苦笑)。
さて、すっかりナックス兄さんブログになっておりますし、おかげさまで幸せいっぱいでございますが、ブログ開設当初のテーマを忘れたわけではもちろんありません。むしろこんなに時間が経っても、たとえば『真田丸』で信幸兄さんを見ては思い出し、とうとう『日の本~』で伊右衛門を見ても思い出してしまった(だいぶキャラ違うよ)、ティベリウス愛というか執着の炎は、今もひっそりと燃え続けております。
だったらまた書けって話ですが(苦笑)。
実は前の記事であれだけ『日の本~』について悶々と考えたのは、頓挫中の次作のテーマにしようかと思うものに通じるところがあったからでした。もう3流どころか5流のしかも素人ですけれど、なんとかおもしろいものを作りたいという野心だけはあります。
世のプロたちの仕事を目の当たりにするたび、気が遠くなりますけれども。
・・・ど素人が最初っから上手に書こうとすっから駄目なんだよ、的な文章を、こないだ古文で読みました。いいから書け! とにかく書け!・・・って話です。
どうしても自己満足に走っちゃうんでしょうかねぇ、私は。だからいつもあんな長くなるんですよ。ほかにも色々と――(自己保身のため、略)
でもそんな拙著につき合ってくださった方々がいらっしゃいました。
おそらく、おそらくですけど、10~20人ほどの方は最後まで読破してくださったのでは・・・と推測できる状況です。本当に、本当に、ありがとうございます。時間返せとの苦情がこないか、今もたまにビクついております。
思えば掲載したっきり、以降の記事にリンクも載せていませんでした。たまに宣伝させていただこうか。いや、全部無料です、ご心配なく!(むしろ私がサイト様にお金を出すべきではと思うよ・・・)
『ティベリウス・ネロの虜囚』http://ncode.syosetu.com/n6930cz/
もう最初に書き上げてからだいぶ経ってしまいましたが、相変わらず、ティベリウス帝の生涯を書ききりたいという野望はあります。どんなに下手くそでも、時間がかかっても。
これが一生のうちに果たせなければ、ティベリウス帝が「お前ごときにその格はないからやめろ」との意思が働いたものと思え・・・そう本気で信じているところがあります。これは、勝負です。
しかし次作はさっぱり進まずなので、今のところは素人しかやらないようなことをさせていただこうかと思います。それはつまり、メイキングといいますか、ボツ部分の掲載です。ここに。
こぼれ話的なものを載せるとあちらのサイト様にも書いたのですが、これまではできませんでした。恥を感じて。でもまあ・・・素人だし、いいか。
主に視点上の理由で、ただでさえ長大な作から削除した、その一部です。
① 「第二章 家族」より。(ー3の後に入る予定でした)
テレンティアの狂乱にもめげず、会談は夕刻が近づいても終わらなかった。詩人たちは、そろそろ遊び疲れただろうと、子ども三人を室内に入れた。そしてもったいぶりつつも楽しげにはじめたのは、怪談だった。
「暑い夏は怖い話でひんやりするにかぎるからねぇ」
ホラティウスが雰囲気たっぷりににたりと笑った。
「なんだい。どんなのがきたって、ぼくはちっとも怖くないんだぞ」
ドルーススは勇ましく両腕を振った。ホラティウスはこのちび助がお気に入りだった。今日もはじめる前から期待通りの反応をくれる。可愛いったらない。
マルケルスはティベリウスを見た。ティベリウスは小さく肩をすくめた。礼儀は尽くそうと言ったつもりだった。
ホラティウスが主筋を語り、他の詩人たちがそれに思い思いのつけ足しをして盛り上げた。
カニディアという魔女がいる。彼女は夜な夜なローマの墓地に出没し、仲間二人とともにおぞましい儀式を行っている。
まずは幼い少年をさらってくる。服を剥ぎ取り、ブッラを引きちぎり、裸にしたところで首から下を地中に埋める。そうしておいて毎晩、少年の前に供え物を置く。泣いて哀願する少年の声に応える者はいない。魔女は小蛇を絡ませた髪をうじゃうじゃと逆立て、無慈悲に見下ろすばかりだ。
そうして少年が死ぬと、魔女たちはその肝臓を取り出す。身の毛もよだつ行いを繰り返したおかげで、それは干からびている。魔女はその肝臓に、ヒキガエルの血を塗った卵、フクロウの羽、飢えた犬から奪った骨、さらに種々の毒草を混ぜて、恐ろしい薬を作る。それを一口飲んだ者はたちまち正気を失い、永久に魔女のしもべとなる。
そんな話だった。
「君たちはみんな良い子だが、もしいたずらが過ぎたり大人の言うことを聞かなかったりすれば、魔女にさらわれるかもしれないぞ」
そう言うと詩人たちは、それぞれ恐怖をあおるような表情を作って、子どもたちの反応をうかがった。
「へへんっ、へへんっ」
ドルーススは右拳を何度も突き出した。
「そんな魔女なんか、これっぽっちも怖くないぞ。ぼくがみんなやっつけてやるんだぞ!」
もちろん詩人たちは、兄の服の裾をつかむ左手を見逃していなかった。全員必死で笑いをこらえていた。
マルケルスは青い顔をしていた。こちらも申し分ない聞き手だった。このような素直で純真な子どもこそ大人の理想である。大切に保護し、あたたかく成長を見守ってあげたくなる。
聞き手がティベリウス一人だったら、詩人たちはさぞがっかりしたことだろう。まずもって全然可愛いところがない。終始無表情で、いかにも礼儀でつき合っていると言わんばかりの態度。醒めた目は、魔女の話が万が一本当ならば、ただちに造営官にでも連絡して対策を講じてもらわなければと考えているように見えた。実際に、ティベリウスはそのようなことを考えていた。
ティベリウスは間違っていない。だが、もう少し子どもらしいところがあってもいいのではないか。
それでも詩人たちは、ほか二人のすばらしい聞き手に満足し、一人の興ざめな聞き手の存在にはそれほどへこたれなかった。
最後にホラティウスは、あたかも黒く長い爪が生えているかのように十指をわななかせ、かっと目を剥き、耳まで口を裂き、夜闇を貫く魔女の笑い声を実演して見せた。ドルーススもマルケルスもすくみあがった。
演技は真に迫っていた。もしかしたら、ホラティウスは魔女と知り合いなのかもしれない。
そこへ、テレンティアを連れたマエケナスが現れた。
「おいおい、君までぼくを不眠症にする気かい。キーキーわめくのは妻一人で十分なんだが」
カエサル家に帰るころには、雨がぱらついていた。珍しく夏の嵐が近づいているようだった。
夜、中庭に吹きつける風が、さながら魔女の吐息のような音を立てていた。儀式には絶好の日和だろう。
寝室づきの奴隷が、外から扉を開けた。
ティベリウスが顔を上げると、枕を抱えたマルケルスが立っていた。気恥ずかしげな笑みを浮かべながら、少し震えていた。
「今日はこっちで寝てもいいかな?」
上掛けからドルーススが顔を出した。
「なんだよ、マルケルスは怖がりだな」
「お前は人のことを言えるのか」
ティベリウスは胸元のドルーススの頭に言ってやった。ドルーススは首を反らし、へへっと兄に笑いかけた。
そういうわけでマルケルスは、空いているドルーススの寝台に入った。
「いいなぁ、ドルースス」
マルケルスはうらやましそうな目を向けてきた。ドルーススは兄の腕と上掛けにくるまって安心しきっていた。彼は勝ち誇った笑みを返した。
「うらやましいか、マルケルス? やらないぞ。あにうえはぼくのあにうえなんだからな」
「お前はもういい加減に寝ろ」
ティベリウスはドルーススを上掛けに押し込んだ。
奴隷は扉を閉めた。このような日でも、彼は外の回廊で眠るのだ。
部屋は再び真っ暗になった。不気味な風音が続いていた。
ドルーススはしばらくもぞもぞしていたが、やがて背中を兄に預けて落ち着いた。しだいに一定の拍子をとる弟の呼吸を聞きながら、ティベリウスもまどろみはじめた。
そこで雷が鳴った。
ドルーススがびくりと動いたので、ティベリウスも目が覚めた。
雨音が急に強くなった。立て続けに雷鳴が轟き、ドルーススが胸にしがみついてくる。
「ユピテルが怒ってるよ」
「大丈夫だよ、お前に怒ってるんじゃないから」
とは言え、ティベリウスも雷は好きではない。ちょっと待っているよう弟に言って、寝台から出た。
もともと夜目が効く体質なので、手間取らずに進めた。部屋を横切り、花瓶から月桂樹の枝を抜く。布で水気を取ると、また寝台に戻る。その影をマルケルスの視線がずっと追っていた。
寝台の上ではドルーススが待ちかねていた。ティベリウスは月桂樹から小枝をちぎり、ドルーススの髪に刺してやった。
「雷が落ちないお守りだよ。母上がおっしゃってた。雷火でも燃えないんだよ」
それからティベリウスはマルケルスに振り返った。マルケルスはじっとティベリウスを見つめたまま、無言で小枝を受け取った。
また雷鳴がした。かなり近づいてきていた。
「あにうえ、早く!」
ドルーススにせかされ、ティベリウスは上掛けの中に戻った。ドルーススが兄の頭に小枝を刺す。暗いなかでも、神妙な顔つきがよくわかった。
「きっとユピテルは悪い魔女をやっつけてるんだな」
ドルーススはつぶやいた。たしかにこのような天候になっては魔女も災難だろう。
次に轟いた雷鳴はひときわ大きかった。屋敷が震えた。
兄の胸にひしとうずまり、ドルーススはぐすぐす言い出した。
「大丈夫、大丈夫」ティベリウスは背中をさすってやった。
「ぼくはなんも悪いことなんかしてないんだぞ。計算の勉強もちゃんとやったし、アントニアもいじめてないぞ。あにうえを池に落としたけど、そのあとおしりをつねられておしおきされたぞ」
「わかってるよ」
山を引き裂くような雷鳴が響き、大地をゆらがした。
どこかに落ちたのではないかと、ティベリウスは心配になってきた。
ふと、背中が圧迫される感覚がした。
「…マルケルス?」
「ごめん!」
謝りながらマルケルスは、夢中で背中にしがみついてきた。うなじに押しつけてくる額が汗ばんでいた。
「あにうえ!」
前からはドルーススがこれでもかと埋まってくる。
ティベリウスは目をぱちくりさせた。まったく身動きがとれなくなっていた。
嵐の夜だろうと、季節はまだ夏だった。眠るには薄い上掛け一枚で十分だ。今や暑いうえに逃げ場がなくなっていた。おまけに前からも後ろからもしめつけられて苦しい。とどめに、寝返りもできずに体が痛くなってくる。
だが挟む二人は必死だった。おびえきっていた。
やがて嵐も雷鳴も、少しずつ遠ざかっていった。二人の呼吸が静かで規則正しくなっていく。けれどもティベリウスは、途方に暮れてなにもない部屋の角を眺めるばかりだった。
翌日の昼、嵐は嘘のように去っていた。日差しに目を細めながら、オクタヴィアヌスが家に戻ってきた。元老院会議を終えたあとだった。
いつものごとく、ドルーススは歓声を上げてまっしぐら、継父に体当たりした。
「おかえりなさい、カエサル!」
「ただいま、ドルースス。お前に会いたかったよ」
オクタヴィアヌスもまたいつものごとく、相好を崩して継子を抱きとめた。
ティベリウスは中庭で書物を読んでいた。ドルーススと接吻を交わし合ったオクタヴィアヌスが近づいてきた。それで、書物を掲げた体勢のまま立ち上がった。
「おかえりなさい」
それからまた階段に腰を下ろし、読書に戻った。
「ただいま、ティベリウス」
オクタヴィアヌスは言った。
ティベリウスはひそかに唇を噛んだ。礼儀を尽くしていないのはわかっていた。
だがそこで、ドルーススがにやにやしながら周りをぐるぐる歩きはじめた。ティベリウスは相手にせず、読書に没頭しようとした。オクタヴィアヌスで頭がいっぱいだったので、ドルーススが書物を取り上げるとまでは思い至らなかった。
ふいに手から書物が消えると、くっきり赤いあざがついた左頬が露わになった。
息を呑んだティベリウスは慌てて手で覆ったが、すでに遅かった。
「どうしたんだ、その顔は?」
オクタヴィアヌスが目を丸くした。
かっと顔が火照った。あざが見えなくなるほど赤面していたかもしれない。ティベリウスは口をぱくぱく動かした。だが結局なにも言えず、がっくりうなだれた。
「あにうえね、テオドルス先生に怒られたんだよ」
代わりにドルーススがすべてばらした。
「授業中に居眠りして、ぱしいって叩かれたんだよ」
オクタヴィアヌスはますます目を見開いた。
「お前が居眠り?」
ティベリウスは歯噛みをした。こんなに弟を恨めしく思ったことはなかった。
ドルーススがこんなに喜んでいるのは、兄が叱られることなどめったにないからだ。ローマの教師は体罰を当たり前に行うが、ティベリウスはその理由など与えない優等生だった。鞭も平手打ちもまず縁がなかった。
今日がその例外だが、ティベリウスはなにも言えなかった。居眠りをしたのは事実だし、テオドルス先生は当然の罰を与えたと思っている。だが、もっと目立たないところを打ってくれてもよかったではないか。恥ずかしい思いに耐えなければならないうえに、一番見られたくない人に見られてしまった。高名な先生の授業をなまけるような不誠実な子どもと、オクタヴィアヌスに思われてしまう。それがなにより辛かった。今日以外の毎日、精魂傾けて勉学に励んできたのに。
だが言い訳はできなかった。
ティベリウスはすっかり気落ちして、階段にうずくまった。
ドルーススはしばらくはしゃぎまわっていたが、やがてオクタヴィアヌスが庭の木からシトロンをもぎ取り、これを厨房係にしぼってもらうように言いつけた。ドルーススはたっぷりの蜂蜜投入を期待しながら、走り去っていった。
オクタヴィアヌスは沈み込むティベリウスを見下ろしていた。なにも言う気がないティベリウスは、早くこのいたたまれない時間が終わることだけを願っていた。
「泣いているのか?」
ティベリウスはぎょっとして顔を上げた。さらに傷ついていた。
カエサルはぼくが教師にはたかれたくらいでめそめそ泣くような男だと思っているのか。
オクタヴィアヌスはにやにや笑っていた。その意味をティベリウスがはかりかねていると、彼はかがんで目線を合わせてきた。
「私は弟だが、どうも兄というのは辛い役まわりらしいな」
「どうして言わない? 昨夜はマルケルスとドルーススに挟まれたせいで眠れなかったと」
ティベリウスは目をまんまるにした。口をぽかんと開けた。
「…どうして知っているのですか?」
「私もあまり眠れなくてね」
オクタヴィアヌスが一晩に三度も四度も目を覚ます体質であるのは、家のだれもが知っていた。
「あんな夜だったし、子どもたちがどうしているかと気になって覗いてみたら、お前があの二人に押しつぶされて苦しそうにしていた」
オクタヴィアヌスはくすくす笑い声をもらした。継父の訪問にティベリウスはまったく気づかなかったから、一睡もしていないわけではなかった。それでも朝からぼうっとして、テオドルスが手を振り下ろすまで開こうとしないまぶたと戦いながら、半ば夢を見ていた。体はまだぐったりしているが、それは寝不足のせいばかりではなかった。今このとき、全身から力が抜けていく感覚がした。
「体がしびれて大変だっただろう?」
オクタヴィアヌスはティベリウスの頬をゆらした。それから手を頭に動かした。
「お前は強い子だ。泣き言一つ言わずに、弟とマルケルスを守った。私はお前を、とても頼もしく思っているのだよ」
なでる手が、とても柔らかかった。
「大変だろうが、これからも守ってくれるね? ドルーススはもちろん、私の甥のマルケルスも。あの子はお前にだけは甘える。お前を一番頼りにしているからだ。マルケルスを頼んだよ」
午後、ティベリウスたちが肉体鍛錬に出かけると、家の男児はドルースス一人になる。退屈にはなるが、なにかと厳しい兄に叱られる心配なく、のびのび羽を伸ばせる。
近所の友人と遊んでもいいのだが、最近のドルーススは妹のアントニアを相手にすることが多かった。なんとかこの生意気な妹分に兄の威厳を見せつけてやりたいと思っていた。ところがこのアントニアは少しばかり変わった性向の持ち主だった。普通の女の子が嫌がる生き物の類を可愛いと言う。愛らしい子猫より、うようようねるウナギに興味津々。あるときなどはヒトデを頭じゅうに張りつけておしゃれし、母オクタヴィアを気絶させた。ドルーススのペットの蛙とも、今では飼い主より仲良しだった。
アントニアはなにも怖がらないように見える。こんな娘をぎゃふんと言わせるためにはどうしたらいいのだろう。
ドルーススは考えた。
結果、兄のスゴさを思い知らせてやるためには、アントニアが感心せざるをえないような大物を目の前で捕まえてやるのが良いと考え至った。怖がらせるのではなく、喜ばせて尊敬させるのだ。
そこでドルーススはアントニアを連れて、近所の公園に向かった。そこにはさながら主のような巨大なトカゲがいると、子どもたちのあいだで評判だった。アントニア好みの獲物だ。
二人は公園じゅうを探しまわった。そのあいだドルーススは、巨大トカゲを捕まえたらお前にあげてもいいぞと言って、アントニアを期待させようとした。ところがアントニアは、アントニアのほうが先に捕まえるのよと言って、またドルーススの威厳を奪おうとした。
なんてやつだ。負けてたまるか。
ついに目当てのものに違いない大きなトカゲを見つけると、二人は肩をぶつけ合って追いかけた。
トカゲは木の幹を伝い上がって逃げた。ドルーススはすぐさまよじ登ってあとを追った。
「あぶないわよ」
アントニアが言った。
「ドルーススはおちちゃうわよ」
「平気だよ」
ドルーススは言った。太い幹をすいすい登る姿を見せつけてやった。
「お前とちがって、ぼくは高いところでも怖くないんだぞ。お前より先にあいつを捕まえてやるから、そこで大人しく待ってるんだぞ」
ドルーススは枝先にトカゲを追いつめた。勝利を確信し、満面の笑みを浮かべる。
「見てろよ、アントニア!」
そして両手で獲物に跳びかかった。
ところが、トカゲは枝の裏側をさっさと伝って走り去った。
「わっわっ…」
枝が激しくゆれた。しまいにドルーススの重みに耐えきれず、大きくしなって下に折れた。大声を上げながら、ドルーススはくるりと一回転して落下した。
幸い、下は浅い池だった。前日の雨で泥沼と化していたが、おかげで怪我をせずに済んだ。
「ぷはっ」
ドルーススは泥沼の中で座り込んだ。驚きが去るまで、少しかかった。それから気持ちをくさらせた。
またアントニアにカッコイイところを見せられなかった。それどころか、また笑いものになった。
ドルーススはむくれた泥まみれの顔をアントニアに向けた。
アントニアは黙って立ちつくしていた。飛び出さんばかりの目玉で、ドルーススを見つめていた。
それから火のついたように泣き出した。
「ア、アントニア?」
慌てたドルーススは大急ぎで池から上がった。パラティーノの丘じゅうに響くような泣き声だった。
「お、おい、なんで泣くんだよ?」
困惑してその涙まみれの頬に触れ、泥だらけにしてしまった。ドルーススはますますあわてた。
「な、な、なんだよ」ドルーススは自分の全身を見まわした。
「ぼくはドルーススだぞ。泥んこオバケじゃないぞ!」
「ど、ドルーススが…」アントニアはしゃくりあげた。「ドルーススがおちちゃったの」
「悪かったな、トカゲが獲れなくて」
ドルーススは怒って見せたが、アントニアはさらにひどく泣きわめいた。
「ドルーススがおちちゃったの。あぶないことしたから、おおけがしちゃったの。おっきなおとがして、いなくなっちゃったの、いっぱいいっぱいいたかったの。こわかったの……」
ドルーススはあんぐり口を開けた。
頭をなでてやったら、アントニアはまた泥だらけになった。
夕方、手をつないで家に帰るや、母リヴィアに大目玉をくらった。そのうえちょうど兄たちが帰ってきた。
一部始終を聞いた兄はいつにもまして怖い顔で近づいてきたが、今日ばかりはドルーススも気にしなかった。
「ぼくはもう、ぜったいアントニアを泣かさないぞ」
そう言って黙々と泥をぬぐう弟を、ティベリウスは目をしばたたいて眺めた。