A.Banana.S

古代ローマ、NACSさん、ドートマンダーにパーカー、西武ライオンズ、FEプレイ日記(似非)・・・好きなことをぽつぽつと。

早く連載再開せねば……(こぼれ話など)

 

おかげさまで打ち上げ後、順調に連載しておりました! おりました……!

 

それなのに不肖わたくしが地図作りを先延ばしにしていたせいで、休載する羽目になるという……。

い、いや、でも、読者様だって、あの長文を連投されたら疲れましたよね! 先が見えないまま。お付き合いくださって本当に感謝しております。

ほんと、何目的で書いているかって、自分目的ばかりだものな。字数制限もなし。どれだけ自由なんだよ、と。

お一人でも感激であるのに、おそらくたぶん十数人様はお付き合いくださっていた。きっとこれから目に留めてくださる方、まとめ読みしてくださる方もいる。

ありがたいことです。

現在公開分は、第二章が終わり、全体の三分の一ほどです。最後まで書いてはおりますので、私が途中で死なないかぎり、あるいはPCが死なないかぎり、いずれ更新します。

というか、今週中には連載再開したい……!

 

第一章の終了時、いたるさんが小説内場面をすばらしい絵にしてくださいました! ありがとうございます!!! もう第一章は読まなくていい。こちらにすべて詰まっている。そのうえ続きが気になるアオリまで完璧すぎる…! 本文を何倍も面白くしてくださいました。

 

以下、作中人物のこぼれ話と、肖像。

 

 

■ルキリウス・ロングス

 と、とりあえず、あらすじの9割超は回収したな! 嘘書いてなかったよな!? 実在の人物に対して失礼ではありますが、書いたやつがいちばん「これダブルでいけるのか……?」と心配していた。うん、まぁ…一作目どころか二作目でも…………うん、そのう……(消え入る)

 

■コルネリア

 筆者オリジナル。ヴィジュアル・モデルは参考文献一覧の『図説アラビアンナイト』の挿絵に描かれていた女の子(ヌーロニハールだったか…)。可愛くて見とれてしまった。──と思って先日確認しにいったら、それらしき絵はすぐに見つけたんですが、あ、あれ、こんなに小さかったっけ? もっとどーーんと見開きいっぱいくらいの絵が飛び込んできた気がするのですが……勘違い? い、いや、だったらこの女の子だったとわかるはずがないし、これが初対面印象マジック的ななにか……? それとも……?(とにかく感動するくらいすごく可愛い子を見つけたことは覚えている)

あ、アラビアンナイトがファンタジーであり、古代ローマ時代よりずっと後であることは知っております。そこは大丈夫。

 

コルネリウス・ガルス

 英語版Wikipedia様に、この方と思われる彫像が載っています。

Cornelius Gallus - Wikipedia

 

■スクリボニア

 上に同じく、それらしき彫像あり。

Scribonia (wife of Octavian) - Wikipedia

……めちゃくちゃお美しい方でない? ユリアは母親似だった!? アウグストゥスとのハイブリット!?

 

■ルキウス・カルプルニウス・ピソ

 上に同じく、それらしき彫像あり。(見つけたときはかなり感動しました…)ティベリウスの友人(公式)。二日二晩ぶっ通しで宴会した末、ティベリウスが「最も楽しい、二六時中の友」と言ったとか。(スエトニウスほか。国原吉之助訳)

Lucius Calpurnius Piso Caesoninus (consul 15 BC) - Wikipedia

 

 ちなみにもう一人の友人レントゥルスは、英語版Wiki様だと前52生まれとなっていて、ティベリウスより十歳も年上。……私の手元の日本語資料は前47だったので、今さら直さず、そのままで行きます(おそらくどっちも確たる証拠はない…)。ティベリウスはこの人に関しては、「レントゥルスに嫌われたら、私には生きている資格がない」と言っていたとか。(Cassius DioRoman History

 

 

 さ、さあ、連載再開準備せねば……!(地図おわんない……泣)

 

『世界の果てで、永遠の友に ~古代ローマティベリウスの物語、第三弾~』

https://ncode.syosetu.com/n5712hm/

ひっそり完結した、似非プレイ日記。

……日々アクセスがあってうれしい……!!! 

TODO-A - pixiv

 

17年越しのFE『トラキア776』キャラたちによる、似非プレイ日記でした。

 

以下、第四部・最終話のワンシーンを抜粋して載せます。

 

※※※※※

 

 

「……で、結局あんたの父親はへたばり、この十一人で歩いていく羽目になる、と」
 森の中をとぼとぼと行きながら、シャナムがため息まじりに言った。
 セティはただ頭を押さえてうなるしかなかった。
 父レヴィンは結局もう一度ワープを使う体力を失くし、今はフィンの馬の上でぐったりしていた。それでフィンが徒歩で行き、ほか全員もそれに合わせていた。
 ああ、口ほどにもない。口ほどにもないのだが、それはさておくとして、この調子では自分たちは本当に元の大陸に帰れるんだろうか。全員の胸を一抹の不安がよぎっていた。
 血は争えない。セティはだれにともなく、またそう言われている気がした。
 騎乗するのはリーフとナンナ、一応フィン、それに上空のカリン。フェルグスとデルムッドの馬に至っては、もうアウグストの馬車につけて返してしまっていた。どうせ屋内戦になるという見通しの下だ。
 不気味なくらい静かで、敵方からのいやらしい襲撃は、ここに至るまでなかった。
「この先に、たくさんのエーギルの気配がする」とサラがつぶやく。「たぶんおじい様……マンフロイは今力を蓄えてる」
「蓄えられる前に乗り込む予定だったんだろうにな」とシャナムが苦笑する。
「ま、いいじゃないですか、師匠。最後くらい、お互いに正々堂々、全力で戦ってやりましょう」と相変わらずはりきるマリータ。
 リーフがふと思いついたようにつぶやいた。「結局、この面子になったね」
 しかしフィンは眉を下げる。「わざとこの面子にしたんでしょう、王子」
「ははっ、バレてた? だってセティ王子も言ってたけどさ、やっぱりこれは『ぼくたちの戦い』だから」
「ええ、おっしゃるとおり」とフィン。
「偽セリス軍が遠い昔のことみたいだぜ」とフェルグス。
「マンスターを出たときは、こんなことになるなんて思ってもみなかったわ」と上空から、カリン。
「ほんとだ。俺らは今なにをやろうとしてんだろうな」とオーシン。
「決まっているわ」とナンナ。「私たちは語られざるヒーローに──伝説になるんです」
 セティも微笑む。「本当に、勝って帰った暁にはどうしたらいいのやら。リーフ王子、君は英雄にならねばならない」
「あなたも。セティ王子」
 デルムッドは未だ帰らないセリス軍五人の名前を口にしていた。「あと少しの辛抱だ。必ず、全員で帰るからな」
 サラがそっと彼と指を絡めるのだった。
「リーフ様」カリンが上空から声をかける。「もう見えていますよね?」
「ああ、もちろん」とリーフは大きくうなずく。目の前には黒紫の石が組み上げられた、荘厳な神殿に見えるものが現れている。
「ぼくの十人の仲間たち、覚悟はいいな?」
 全員から同じ返事が返ってくる。
「ぼくたちだけで戦うんじゃない」リーフは思い出させる。「みんなが待っている。帰る場所で」
 列柱の向こうで、ひどく強大で邪悪な光がうごめいていた。
 リーフが光の剣をかざし、突入の命令を下した。
 リーフ軍最後の戦いが始まった。

 

 

※※※※

 

始まりはこうでした。

anridd-abananas.hateblo.jp

 

完全なる自己満の極みで、いきなりそのタグに乗り込んで、一人勝手に、不親切にもほどがある長文を投下してきました。誠に申し訳ない。

 

しかし楽しかった……! 特に書いているあいだは、久しぶりに手が止まらない感覚がしました。睡眠も四時間くらいでなんとかなるほど、妙な興奮状態だった……。永遠に、書いては妄想していたかった……。


ニゾンさんのアルバム『Populus Populus』を聴きまくってイメージしたら、はかどるのなんの……!


キャラをしゃべらせるのが快感すぎるんですよ、まず! バトルできるし! 魔法も使えるし! ゲームが元ネタをくれるし!

 

我ながらヒドイと思ったセティ様の台詞:

「やかましい! 人形ががたがたしゃべるな!」

 

出来はさておき、出来はさておき……

 

お付き合いくださった方、本当にありがとうございます……!!!

 

そ、それで……そのう……

 

 

もしもまた書く機会があるとしたら、どんなものが読みたいでしょうか……?

 

 

プレイ日記? バトル物? 恋愛物? 続編? ○○解放戦争? はたまた別キャラで……?

 

う、伺ってみたい……!

 

いずれたぶん、今の古代ローマ連載が完結したら、また遊びたくなるに違いないから。

 

遊ばなきゃやってられない状況になるだろうから!

あ、あと十五年……!(今年は個人的近況多め)

Twitterはじめたので、あらためて、なにが「十五年」なのかはこのあたりの記事をば。

anridd-abananas.hateblo.jp

 

さて、以来毎年この日に決意を新たにする記事を上げておりますが、

昨年から今まで、此度は個人的にマジで激動でしたわ。

それもこれも十五年後に再訪するため! そう! そのはず!

十五年後の今日、訪問できるような状態にあるかわかりませんが、

そもそもわたくしが生きているのかもわかりませんが(人生本当になにがあるかわからないからな……)、

元気で行動できる人間でありたいと願っております。

 

以下、昨年から今年のこの日まで起こった出来事。

 

1、執筆を開始していた三作目が、ほぼ完成。連載開始

2、なのに現在休載。(うわーん! 結局まだ1ミリも地図進んでないよー! どーしよー! 本当は連載開始御礼記事も上げる予定だったのにー!)(←記事は後日上げます!)

3、Twitter開始。

4、今頃になってFEプレイ日記をブログに掲載。挙句に続編を20万字も小説化してpixivに掲載TODO-A - pixiv

5、就活からの転職先決定

6、引っ越し先も決定。来月中旬から。

7、現在、へたばって体調微妙。二年ぶりくらいに熱を出しかけている(※たぶんコロナではない。明らかに気が抜けたゆえだ……)。

 

……走り抜けた感がありますな。いったい何年ぶりか。二桁はいくな。

 

へたばってる場合でなく、まだまだこれからなのですが、新生活も、連載も!

 

どっちも準備色々あるな。資格試験勉強もあるしな。

しかしまさか……家を出る目途をつけているとは……。

 

というか、引っ越して新しい仕事を始める前に、連載終わらせなければならないのでは!?

 

私は転職した先で、また趣味で小説を書けるんだろうか……。書かなきゃたぶん楽しみを失くしてへたばると思うので、なんとかすると思いますが、

 

とどのつまりの本願である、十五年後にかの地へ訪問するだけのことができているんだろうか……?

 

……まあ、考えていてもしかたないですわな。

 

行動あるのみ。

 

……いや、だれよりも行動遅いし腰が重いし臆病だし引きこもりがちだしダメダメなやつなんですが……

今回ばかりは、家の問題もあって、必死になりましたわ。人間、追い込まれたらなんとかやるもんですな。

ここまで、色々な方に助けていただきました。世界はまだ終わっていない。

 

ちゃんと大丈夫ですよ、帝。

 

わたくしめはまだくじけません。連載もやりきります。そして生き抜きます!

 

でも今はちょっと、息を抜きます。……でないといよいよ免疫力が落ちて、アレにかかってしまいそうですわ。

 

と、とどのつまり……

連載再開、遅くなったらすみません!

 

も、申し訳ない、ルキリウスさん! 書き終わってはいるんだから、必ず最後まで載せる!(で、出来はさておき……)

 

◆以下、連載中(…いや、全体の三分の一くらいで休載中)◆

『世界の果てで、永遠の友に』(https://ncode.syosetu.com/n5712hm/

 

(あとこれも、確か2014年のポッツォーリです)

f:id:Anridd:20220316004838j:plain

 

三作目、打ち上げ。『世界の果てで、永遠の友に』あらすじと冒頭部分。

 

 まずは、一作目WEB公開より七年、二作目より三年半、長い時間が経ちました。
お待ちいただいた方々へ、心より御礼申し上げます。
 忘れないでいてくださったお気持ちに、少しでも応えられる三作目になっていることを願います。
 また今作で初めて目を通してくださる方、そしてこのブログをはじめ諸々、ここに至るまでお付き合いくださる方々に、感謝いたします。


 さあ……正直怖いですが、

 

 行きますぜ!

 

 

以下、「小説家になろう」様にも掲載の、「あらすじ」と冒頭「第一章 -1」
(最後にちょっとブログ用のつぶやき)

 

※※※※※※※※※※

 

世界の果てで、永遠の友に ~古代ローマティベリウスの物語、第三弾~

 

※※※※※※※※※※

【あらすじ】

ティベリウス・ネロの虜囚』の時系列的続編。古代ローマ歴史フィクション、第三弾。後の皇帝ティベリウスとその友人たちの若き日々を描く。

 

 前27年4月、ティベリウス・ネロは、ローマ名門貴族の若者として成人式を挙げる。同年、元老院よりアウグストゥスの称号を贈られた継父の下、ローマは新しい時代を迎えた。平穏な日々を過ごすティベリウスに、いよいよ初陣の時が近づく。

 一方、彼の友ルキリウス・ロングスは、父親の没したアレクサンドリアへ赴く。そこでは浅からぬ因縁が、存外の舞台へ彼を導く。

 奇妙な出会いと非情の別れ。

 ガリアとヒスパニア

 エジプト、そしてアラビア──。

 世界の両端にかけ離れた若者二人が、運命の渦流を踏み進む。

 

「幸いであれ、我が愛する者よ」

 

 

 

 

第一章 若き友たち -1

 

 

「君は最低だ!」

 ルキリウス・ロングスが叫んだ。

「よくもぬけぬけとやって来られたな!」

 ティベリウスは彼を見上げていた。視野が半分かすんでいた。衝撃でじりじりしびれるような感覚があったが、まだ痛みは感じない。背後に両手をついて、体を起こそうとする。

 ルキリウスの拳はわなわなと震えていた。指の関節が鮮やかに赤く見えたのは、すり剥いた彼自身の血のためか。ティベリウスの口の中にもその味が満ちはじめた。だがたいしたことではない。

 まるで恐る恐るのように開かれたそれから、鮮血ではなく、黄金色の光がこぼれた。ティベリウスはそれを知っていた。指輪だ。ルキリウスの父親の形見だ。たった今、ティベリウスが彼に届けたのだ。

 あしらわれた小さな黄色い宝石は、父親の面差しと同じだった。陽だまりのようにあたたかで、優しく輝いていた。ルキリウスはそれを地面に叩きつけた。

「君はぼくがいちばんしてほしくないことをした」

 ルキリウスはもう指輪に目もくれなかった。両拳を握りしめ、真っ赤な頬を涙で濡らして、ティベリウスをにらんでいた。

「わかっていたはずだ……」

 痛ましくゆがんだ両眼は、その怒りも憎しみも、すべてティベリウスに注いでいた。傍らの貯水槽の縁、そこに置かれた壺の存在さえ忘れたように。

 ルキリウス・ロングス――彼の父親の骨壺だ。たった今、ティベリウスが手ずから抱えてきたばかりの。

「どうしてそんなことをしたんだよ、この大馬鹿野郎!」

 ルキリウスは全身で吐き出した。事態を止めに入ろうとした彼の祖父や母親、それに奴隷たちも、一歩も動けなくなるような剣幕だった。

「……どいつもこいつも……どいつもこいつも……――」

 彼を深く傷つけたのは、少なくとも二重の衝撃だった。一つ目は嫌でも覚悟をしていた。しかし二つ目はさすがに思ってもみなかった。彼には最悪の裏切りだ。あまりにひどい。

 すでに彼は泣きじゃくっていた。それでも断固と、ティベリウスへぶんと腕を振ったのだ。

「出ていけ! 二度と来るな! 君の顔なんかもう絶対に見たくない!」

 オクタヴィアヌスとアップレイウスが執政官の年(前二十九年)の七月三十一日、カエサルオクタヴィアヌス凱旋式より半月前の出来事だった。

 

 

 

 

第一章 若き友たち

 

 

親愛なるティベリウス

 とうとうぼくもこの世の果てに来た。だから、ティベリウス、ここに至るまでの色々なことを思い出すんだよ。

 あのいまいましいファンニウス・カエピオが言っていた。でも今となっては、本当に彼の言葉だったのか思い出せない。

 コルネリウス・ガルスは、今のぼくをなんと評すだろう。

 だけど、ねぇ……ティベリウス、ぼくはやっぱり君を思う。この期に及んでも、ぼくという人間は君でいっぱいだ。

 ぼくにはもう時間がない。

 それとももしかしたら、これからは永遠の時間があるのかもしれない。

 いったいどこから始まったんだろう。君を初めて見かけた日か。君に初めて捕まえられた日か。君を思いきりぶん殴った日か。それともそろって成人式を迎えた、あのまぶしい春の日か。

 ねえ、ティベリウス

 ぼくはどこで引き返すべきだったんだろう──。

 

 

 

 

 1

 

 

(前二十七年)

 

 

 ユピテル神殿の扉がゆっくりと開かれていく。光が一筋伸び、天に昇るような柱となり、満ちあふれていく。

 ティベリウスはたまらず目元をしかめた。彼の青い双眸は、夜であっても不思議と見えるのだが、真昼に近い時間の日差しを受けるのは不得手だった。それでもゆったりとした足取りを止めることなく、光の中へ進んだ。門衛の神官二人が、ぶつぶつと祈りの言葉をつぶやいた。幸いあれ。新しき我らがローマ人に、幸いあれ。

 外に出て、視界が落ち着くと、ティベリウスはふと目元をゆるめた。足も止めたが、そうしなければ階段を踏み外していたかもしれない。日差しに目がくらんでいなくとも、今日初めて身にまとった純白の成人用トーガを踏みつける恐れがあるのだ。何日も前から歩き方を練習してはいたが。

 四月二十四日、空は晴れ渡っていた。穢れもない薄い青が、都市ローマの縁まで続いていた。きっと世界の果てまでも届いているのだろう。

 都市ローマで最も高い場所から眺める景色は、壮観と言ってよかった。西に満々と水をたたえるティベリス川、南にはティベリウスの自宅もあるパラティーノの丘、カエリウスの丘、前者の麓に大競技場チルコ・マッシモ、向こうにはアヴェンティーノの丘、聖道やスッブラの雑踏を挟んで、東にヴィミナーレの丘、どの丘も麓まで建物がぎっしり並んでいる。そして今この時も、人々は新しい住居と施設を作り、都市を広げている。大小の浴場からは早くも白い煙が立ち昇る。ただしエスクィリーノの丘だけは、緑が鮮やかだ。マエケナス邸の大庭園が大部分を占めているためだ。

 ここカピトリーノの丘のユピテル神殿は、都市ローマのどの土地からでも見ることができるだろう。神殿の北側にまわれば、タルペイヤの崖という罪人の処刑場があるのだが、そこからは七つの丘の最後であるクイリナーレの丘と、今ローマで最も大きな変貌を遂げているマルスの野をすっかり望むことができた。

 自然と微笑みながら、ティベリウスは慎重に階段を下りた。そっと吹き上げてくる春の爽やかな風は、肌にやけにひんやりと感じられた。今朝、ようやく半端な髭を剃り落とすことができたためだろう。成人式のこの日まで、慣例として男子は髭を放置する。気を引き締めるにはちょうど良かった。

 青い双眸の見つめる先には、一人の背中があった。神殿の扉が開いたのにも気づかず、その人物は丘の縁に立って、うっとりと眼下の世界を見つめているようだった。現在まさに彼自身が造り上げつつある世界だという誇りもあっただろうか。

 そこでふと足音に気づいたのだろう。彼は振り返った。ローマ人には珍しいと言える明るい髪色。かろうじて平均的な丈のほっそりした体に、白地を赤く縁取りした元老院議員用のトーガを纏っている。ゆらぎのない灰色の目が、ティベリウスを見つけた瞬間に見開かれたように見えた。まるでぽかんと、口までわずかに開いたのだった。

 どうしたのですか?

 そう声をかける代わりに、ティベリウスはかすかに笑みを大きくした。

ガイウス・ユリウス・カエサルオクタヴィアヌスアウグストゥス

 階段を下りきり、ティベリウスは明るい髪の男の前にひざまずいた。

「今日までこの私、ティベリウス・ネロを育ててくださったこと、衷心より御礼申し上げます」

「……おいおい、おいおい」

 アウグストゥスは半ば笑いながらうろたえた。

「まいったな、ティベリウス。ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。顔を上げなさい。立ちなさい。せっかくのトーガが汚れてしまう。成人早々にリヴィアに怒られる。まいったな。まいったなぁ、もう……」

 なんだか継父らしくなかった。継子の成人式を執り行った張本人なのだから、突然慌て出す理由もなかった。中央広場で市民への紹介を済ませた。公文書館の名簿に、ティベリウスクラウディウス・ネロの名前を書き込み、晴れて一人前のローマ市民とした。それからユピテル神殿へ付き添い、神像の前で二人並んで立ち、感謝の祈りを捧げた。あとは一足早く外へ出て、継子が一人でユピテル神と、さらに若者の女神ユヴェンタスとともに時間を過ごすのを待っていたのだ。継子は最高神へ、ローマの平和と繁栄のために命を捧げることを誓った。女神ユヴェンタスには、健やかなる成長とたゆまぬ鍛錬、誘惑への不屈を約束した。両神へ、見守ってくださるようにと改めて祈った。

 だがそれでも、昨日までの継息子と同じ少年である。

 なんとかティベリウスを立ち上がらせてから、アウグストゥスはほうっと深いため息をついた。照れているような、苦笑しているような表情が浮かんでいた。それから彼は、ティベリウスの両方の二の腕に添えた指を落ち着かなさげに動かした。まるでその厚く張った感触を疑うように。そして自身の両腕が教える幅が信じ難いように。次々に実感を得るのがやめられず、確かめるように何度も触れていた。

「大きくなりおって」

 継父は少しばかり頭を傾げ、自身の額に水平に伸ばした手を当てた。そしてまっすぐに差し伸べたそれは、ティベリウスの眉間に当たった。

「もう私より伸びたのか?」

「まだです」ティベリウスはにやりと笑った。「こんなものではありません。今年じゅうにはっきりさせます」

「このっ」

 継父の軽い肘打ちを胸に受け、ティベリウスはよろめくふりをした。カピトリーノの丘の端で、二人は笑い合った。

ティベリウス

 アウグストゥスは自分の役割を思い出そうとしていた。それで、両手で継子の両頬を挟んでみたのだが、その顔にまた微苦笑が浮かんだ。もうそうした子どもに向ける仕草をするような年ではなくなったのだと知るように。

 彼は、結局ティベリウスの両肩に手を落ち着けた。そして力強く、もう一度置き直した。

「今このときより、お前は一人のローマ市民だ」

 アウグストゥスは引き締めた顔で言った。澄んだ灰色の目で、まっすぐに継子を見つめて。

「国家ローマが続くかぎり、お前の名は記録に残り続ける。誇り高きローマの男として。クラウディウス・ネロ家の嫡男であり、古き名門を継いだ家父長として。この意味はもうわかるな?」

「はい」

「国家に尽くすように」アウグストゥスは言った。「市民の幸福に献身するように。長くお前の祖先たちがそうしてきたように。国家に名を遺した大勢の男たちがそうであったように。彼らに恥じぬように。彼らに負けぬように。きっと彼らを凌ぎ、国家の繁栄に大きく貢献するように」

「はい」

「お前は今日で一人前のクラウディウス・ネロになった」アウグストゥスは少し表情をゆるめた。「だがそれでも私の継息子だ。この縁が無くなることはない。そうだな? これからも私たちは家族だ。私を助けてくれるな、ティベリウス?」

「はい、カエサルアウグストゥスティベリウスはゆっくりと、大きくうなずいた。「そのために、私は今日の日を心待ちにしておりました」

 それが、ティベリウスの真実だった。今日この日がその第一歩だと信じていた。

「父ネロを亡くして六年、こうしてあなたのおかげで成人式を挙げることができました。これで少しは私にもできることが増えます。どうか私をお役立てください。成人したとて、まだ拙く若輩ですが、今後もたゆまず鍛錬と勉学に励むことをお約束します」

「お前は固い」ついにアウグストゥス吹き出した。「本当に十四歳か? 私は十年ばかり成人式を行うのを忘れていたか?」

 その顔は、今やはっきりとはにかんでいるように見えた。

「でも今日はめずらしく良い顔をしている。ありがとう、ティベリウス。お前がこれほど立派に育ってくれて、私はうれしい。お前が私の家族としていてくれてうれしい」

 良い顔とは、この継息子にしては顔つきが固くなく、取っつき易く、愛嬌もいく分かあるように見えるという意味だ。言い方はともかくだが、ティベリウスもまたうれしかった。

 三十五歳の継父は、これまでにもまして美しく輝いて見えた。苦難を乗り越えた自信と現在の幸福が、その輝きを裏打ちしているのだろう。

「さて、そろそろ帰るとするか」アウグストゥスティベリウスの肩越しに、カピトリーノの下り坂を覗いた。「リヴィアが待っている。ドルーススも、まだ蜂蜜菓子は食べちゃだめなのかと、待ちかねている」

「はい」

 継父はティベリウスの腕に手を添えて、歩き出した。二人の横を、次に神殿内で成人式を挙げる少年とその家族が、そそくさとばかりに通り抜けていく。

 その姿につい気を取られたティベリウスだが、そうでなければもう少しだけ、大切な言葉を伝えられただろうか。六年どころではない。もう十一年もそばで過ごしたこの継父へ。

カエサルアウグストゥス──」

アウグストゥスはいいって」継父はまた照れたように言った。「もちろん気に入っているのだがな、家族に呼ばれるには肩苦しくて……なんというか、大仰だと思う。これまでどおり。カエサルでよい」

「はい」

「これまでどおり」アウグストゥスは継子のたくましい腕を軽く叩いた。「私たちは家族だ」

「はい」

 ですが、いいえ、これまでどおりではありません。

 ティベリウスは、結局胸中に言葉をしまう。

 六年前の約束は、まだ更新できるだけのことをしていない。だが第一歩だ。確かな第一歩のはずだ。

 カエサル、私があなたを守ります。必ず守れる男になります。きっとあと少し、あと少しですから、どうか待っていてください、カエサル──。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

続きは「小説家になろう」様で連載開始。

 https://ncode.syosetu.com/n5712hm/

※※※※※※※※※※

以下、いつもの調子でぼやき。

 

(上、建前)
(下、本音)

 

 


 気づいた真実:ダブル主人公制は苦労が二倍☆彡


 世界の両端とか行きやがらないでくれよ。おかげで調べものが二倍になったよ。日数計算やら距離計算やら地図やら、本当にもうどうしたらよかったんだよ(灰)

 い、いや、ダブルで行くつもりは当初はなかったんですけども……。
 で、でも前作のあとがきを見返すかぎり、うっすらと構想はあったのかな……?

 二作目より四半世紀も時間が戻ってスタート。ぬぁぜ?(お前が書いた)
 したがって二作目を読まずとも、この三作目はまず問題ないと思われます。あえて言えば、ちょっとニヤリとできる部分が増えるかもしれない…..(尻すぼみ)(逆もまたしかりで、三作目から二作目に行っていただけた場合、ちょっと見方が変わるやも)

 い、いや、ニヤリどころかところどころ矛盾などが目についてしまう恐れのほうが大きい……?

 

 ま、まあ、もう、なるようにしかなりませんわな。

 

 ゆけ、三号機。

 

 

 どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

リーフ王子のグランベル778/第7話(後編の小説版・冒頭部)

次の記事は、古代ローマ三作目の打ち上げとする予定ですが、

その前にこっちを始めておかないと色々マズい気がするので、やってしまいます。

 

上げたからには、最後までだ。ははは……。

 

なんにせよ、これでケリがつきました。四部構成。

第一部「リーフ王子のグランベル778・再開」編

第二部「バーバラ王都地下探訪」編

第三部「魔の島、クロスオーバー」編

第四部「リーフ軍、最後の戦い」編

 

以下、第一部本編の1ページのみ。続きは、最後かプロフページにあるpixiv様アカウントで連載。

 

……たぶん、これ以上ここでは宣伝しない(…?)

 

 

ではでは、止まっていた時計が17年ぶりに動き出します。

 

前話(ここまでは実質17年前)

anridd-abananas.hateblo.jp

 

※※※※※

第一部
~リーフ王子のグランベル778・再開編~

 

 

「おい、クソッタ──いや、パーンさん、いつまで遊んでんですか? 連中がもうそこまで来てますよ!」
 リフィスが──見張りに立たせていたのだが──そう知らせてきたので、パーンは『聖戦闘技場体験』を切り上げることにした。とりあえずがっぽりと稼いだトルードとシヴァを連れて、シアルフィ城の外へ出る。
 いくら稼いだところで、あの世まで金は持っていけない。そんな事態にならなきゃいいのだが。
 リフィスの言ったとおり、アリオーン率いるトラキア竜騎士団が、もうはっきりと確認できるところまで迫り来ていた。
「さて、どうすっかな……?」
 頭をかいてつぶやくのだが、パーンはすでに最善と思う指示は出していた。アリオーン隊はこちらの倍はいる戦力だ。一方、このダンディライオンとリフィス団連合は、現在総勢七人。東へ出て、アリオーン隊を迎え撃つのは、パーンとトルードとシヴァ。城を出て西へ下がり、援護を担当するのはセイラム、ティナ、そしてラーラ。リフィスには城の守りを任せることにしたが、いよいよヤバいとなったらあいつは逃げるのだろう。そのくらいの信用度だったが、それとも腐ってもあいつも盗賊であるから、手ぶらでは逃走しないだろうか。サフィが戻ってくるのを待とうとするだろうか。
 正直に言えば、パーンもサフィには一刻も早く戻ってきてほしかった。はるか彼方まで進軍したであろうリーフ軍本隊に、この事態を知らせに飛んでいったきりだ。リワープで。
 リーフはアリオーンになんらかの対策を講じるはずだ。問題はそれが間に合うかだ。間に合わないのならば、ここにいる面子でなんとかしのぐしかない。
 パーンには、しのぎきる自信があった。アリオーンさえいなければ。
 竜騎士団自体はたいした敵ではない。パーンと横の凄腕ソードマスター二人で片づけられるだろう。パーンは王者の剣、トルードは銀の剣、そしてシヴァはキルソードを所持する。え? 『聖戦』にない武器? そんなことを言っている場合か。もう偽物であることはバレただろうから、格好つける必要はない。
 セイラムとティナには、離れたところからリブローなりシーフなり、なんならフェンリルなりで援護してもらう。なにも知らず本城に置いてきたリフィスを囮にでもすれば、いずれ勝てるはずだ。
 実のところもっと早く打って出ることもできたのだが、そんなことをしたところで、機動力で優る竜騎士どもに囲まれるだけだ。パーンたち三人はそれでもなんとかなっただろうが、セイラムたちはさすがに分が悪い。挙句、さっさと本城を取られてしまっただろう。
 だから、問題はアリオーンただ一人なのだ。天槍グングニルの継承者で、「見切り」に「祈り」スキルまで備え、でたらめに強い。
 それでもなんとかできなくはないと、少し前に大将リーフ御自らが証明していた。南トラキアでの戦いで、嘘かホントか知らないが、セティにもサラにも頼らず、自分でトルネードを打ちまくり、アリオーンを圧倒してみせたという。
 あの王子はいつの間にそんな上級魔法を使えるようになったんだ? それともただどいつもこいつも話を誇張しているだけなのか?
 いや、それはともかく、リーフ曰く、対アリオーンは魔法に限る。直接攻撃では絶対に挑んじゃだめ、とのことだった。
 実際、「見切り」がある以上、こちらの必殺は期待できない。パーンとシヴァではほとんどアリオーンにダメージを与えられず、返り討ちにされるだろう。トルードなら同じ「見切り」で勝負になるかもしれないが、槍と剣という、武器相性で考えても不利だ。
 魔法ならば、後ろにいた。セイラムとティナだ。ヨツムンガンドとライトニングがある。ラーラに応援させれば、再攻撃もできる。
 しかしパーンは、その策にあまり希望を見いだせなかった。ティナはまず攻撃が本職ではない。セイラムは……闇魔法の威力はあるが、あの薄幸ぶりである。当たらない気がする。そして二回攻撃なんて夢のまた夢だ。仲間として、友人として、このうえもなく信頼はしているが、彼の運と命中率は当てにしてはならないと、パーンはわかっていた。セイラムのためにも。
 ならば魔法剣でタコ殴りにするという策も考えられるが、あいにくと全部前線チームに持たせてしまっていた。なんて献身的なんだ、と我ながらパーンは思う。光と風の剣は、リーフとカリンの手の中。そして今頃マリータとデルムッドが、炎といかずちの剣を振りまわしているのだろう。ちょっとはこうしたバックアップに感謝しろ。
 しかしたとえその策ができたとて、その後どうなる?
 アリオーン一人に集中したところで、結果配下の雑魚どもにしてやられるのがオチだろう。
 結局のところアリオーン対策とは、後ろの二人にスリープを使わせるのが最善であるように思われた。
 だが──と、パーンはつい目玉をぐるりとまわす。外れる気がする。ティナどころかセイラムまで、スリープを外しそうな気がする。そんな事態はないと言いきれるか? 『聖戦』だから? しかし『トラ7』では、「ライブを外す」などという驚天動地の事態が起こり得るのだ。今となっては昔のことだが、初めてナンナがライブを空振りするのを見た時、マンスター城のど真ん中で、さすがのリーフも絶望に打ちのめされたそうだ。「死にたくなった」と、後にあの英雄はこぼした。
 ごく序盤のことだ。
 セイラムはめったに外さない。ティナも、最近は減った。
 が、くり返すが、相手は神器持ちだ。
 パーンがこれまで見てきたかぎり、百発百中の杖命中率であるのはサラ、それにリノアンだ。パーンはよく知らないが、あの風の勇者セティもよもや外しはしないだろう。しかしリノアンはいないし、サラは祖父に誘拐されたらしいし、セティは最前線にいるところだ。無理を承知で言うが、セティ一人でいいからこっちに寄越してほしい。
 それを期待できない今、スリープを任せるなら、やはりサフィがもっとも安心だ。ごく序盤、彼女も稀に外したが、それでも百発九十八中くらいではある。しかしそのサフィもまだ戻ってくれない。
 セイラムとティナに任せるしかない。ラーラが踊ってくれるので、三回チャレンジできる。
 それでアリオーンが眠ってくれなければ、この場は詰みだ。
「パーン」
 頭の中でぐしゃぐしゃと考えていると、トルードが声をかけてきた。
「お前も少し下がれ。第一陣は俺が防ぐ」
 心配されているらしかった。長いつき合いである右腕には、見透かされてしまうのだろう。心の内も、現状も。
「三人並んで迎え撃ったほうがいいだろ」
「相手の半分は手槍持ちだ」トルードが教えた。ここでも魔法剣がないのが痛かった。「お前はその剣で支援してくれればいい」
 トルードはパーン愛用の王者の剣のことを言っていた。二回攻撃ができるので、勇者の剣並みに優れた剣だが、「カリスマ」スキルまで追加されるのだ。
 パーンも実のところは、自分がトルードとシヴァ並みには戦えないことをわかっていた。だがそれでは立つ瀬がないではないか。ダンディライオンの首領であり、このバックアップ・チームのリーダーなのだから。
 最悪、アリオーンからグングニルを強奪してやる。無理でもやってやる。俺に盗めないものなんてないんだ。見とけよ。
 一方シヴァも、現状はよくよくわかっているに違いない。黙したまま、覚悟を決めたような顔をして、キルソードを構えて立つ。
 お前はなんのために戦うんだよ、とパーンは胸の内で問いかけた。ほかにやることがないからとバックアップ・チームに入れられた。彼はリフィス団のくくりだ。だがリフィスに義理立てしているわけでは断じてなかろう。
 サフィと、ついでにティナのためか。
 シヴァとパーンは「太陽剣」で、上手くやれば自己回復もできる。トルードは「見切り」持ちで、体力もあるので、そうそうやられはしないだろう。
 同じソードマスターであるのに、シヴァとトルードはまったくタイプが違った。シヴァは身軽で、必殺撃を得意とする。一対一で敵将を撃破するのに向いているが、前線に立たせ続けるといずれ「やっつけ負け」するタイプだ。一方、トルードは「死神」という異名にも関わらず、さほど必殺頼みの戦い方をしない。慎重、着実に敵を削っていくタイプだ。壁役に向いている。
「来るぞ」
 前方を見据えながら、シヴァが警告した。
 パーンは振り返って叫んだ。
「セイラム、頼んだぞ! ティナ、外したらあとで毛虫の刑だからな!」
「いやーーーーっ!」
 ティナが律義に抗議してくるが、毛虫の刑よりずっと可愛げのない事態が迫っているのを、わかっていないのだろうか。
「パーン!」
 ラーラはすでに悲鳴じみた声で、今にもこちらへ駆け寄ってきそうだ。
 彼女には言ってあった。いよいよマズいとなったら、三人で避難するように。あの二人を応援して再行動させる。本城に入るなり、リワープで遠くへ行くなりできるはずだ。残るラーラのことは、パーンがかついででも守ると決めていた。
 起こり得る最悪の事態の話は以上だ。
 アリオーン隊の先頭が目前に迫った。トルードとシヴァが迎撃態勢をとるその一歩後ろで、パーンも王者の剣を構える。
 ひとまずセイラムとティナを信じ、アリオーン以外を全滅させることだけを考える。
 これでいいのかどうかわからないが──。
 そのとき突然、待っていたものが現れた。パーンたちと竜騎士団のあいだに、白い光が割って入った。ほっとため息をこぼすところだったのに、パーンはまずあっけに取られた。
 おいおい、なにも最前線に飛んで来なくていいのに──。
 だが現れたのは、サフィではなかった。王女アルテナだ。リーフの姉だという。
 リーフは姉一人ワープさせるだけで、この事態を収拾するつもりでいるらしい。いや、もしかして王女自らが志願したのか……。
「兄上、いい加減にして! どうして私たちの気持ちがわからないのです!」
 説教──いや、説得が始まった。
 聞いたところ、アルテナは素性を知らされずトラキア王家で育てられ、つい最近までアリオーンとは実の兄妹であることを疑ってもいなかったそうだ。地槍ゲイボルグを所持しておいて、それはないだろうと思うが、まぁ、いいか。
 パーンは王者の剣を下げた。トルードとシヴァも同じようにした。アリオーン隊の面々も王子を見つめたまま、もはや戦意もないようだ。
「アルテナ、お前のために戦おう」
 アリオーンはそう言った。
「よかったですわ」
 振り返れば、いつの間にやらそこにサフィがいた。リワープで戻ってきたのだろう。
「これでアリオーン様と戦わずに済みます。リノアン様も喜ばれるに違いありません」
 忘れがちだが、サフィの主君とはターラの市長リノアン(※注 十代)であるのだ。
「実のところどうなんだろうな?」パーンは苦笑するしかない。「リノアンさんとあの王子はまだ婚約してるんだろ」
 仲間であるという以外、さほど縁のない傍目にもわかるのだが、リノアンの気持ちは明らかに別の男へ注がれていた。しかも相思相愛だ。20%の支援効果とは、あのグレイド&セルフィナ夫婦並みだ。
「あの二人が──」
 前方の空を指して言いかけ、さすがにパーンはそこで言葉を切った。野暮だし酷だろう、今は。
「ふふ」
 サフィもまた意味深な微笑みだけを返して寄こした。面白がっているのではないか。
「サッフィーーーー!」
 リフィスが、本城の守備を放棄して飛び出してきた。サフィに飛びつく間際、シヴァのキルソードの切っ先によって、あっけなく貫かれる。
「お前が無事に戻ってよかった」
 リフィスの服を刺して吊るし上げながら、シヴァがサフィに言う。白目を剥いたリフィスをどっかそのへんに捨てる。
「リーフ王子たちの様子はどうだった? 激しい戦闘の只中か?」
「激しいバトルの只中でした。占い屋さんで」
「なに……?」
「パーン!」
 シヴァと並んで怪訝な顔をしたところで、気づいた。セイラムとティナとラーラが駆け寄ってきた。
 ティナは姉サフィと無事を喜び合った。セイラムはトルードも含めてだれも怪我をしていないのを確認してから、パーンのところへ来た。
 パーンはラーラに熱烈に抱きつかれているところだった。
「何事もなくてよかった」セイラムが安堵の息をこぼして言った。
 パーンもうなずいた。「ああ、ちょっと拍子抜けするくらいにな」
「ところで、パーン」セイラムは、今や同盟軍となったらしいアリオーン隊を指した。「私は特別目が良いわけではないが、ちょっとおかしなものがアリオーン隊の中にいないか?」
「ああ、気づいてたよ。どう見ても仲間外れだもんな」

 

 

 

→続きはこちらから。

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一作目後日談であり、三作目前日談。あとこぼれ話。(いずれも再掲)

三年くらい前にブログに上げたものですが、ここに再掲します。

あとおまけのこぼれ話も。

 

一作目『ティベリウス・ネロの虜囚』

→三作目(準備中新作、時系列的続編)『世界の果てで、永遠の友に』(仮題)

 

 

 

【短編】(『ティベリウス・ネロの虜囚』第4章終了後の、後日談)

 

 

サルディニア島に行くぞ!」
「ぐえっ」
 ルキリウスはうめいた。振り向かなくてもわかったが、自分が待っていたはずの一人に背中からのしかかられていた。ぼんやりしていた自分が悪いのだが、突進してきたうえで重みのすべてを委ねてくるとは、八歳であろうと、公の場でなんらかの非難を受けるべきだと思った。肺をつぶされ、腰を折られ、膝頭を肩にめりこませてから額を地面にこすりつけそうになった、そんなルキリウス・ロングスにはなんの罪もない。
 しかしドルーススはそんな被害者に頓着していなかった。彼はさらにルキリウスの背中でばたばた動いたのだ。
カエサルから手紙が来たぞ! ぼくらはそこで冬を越すんだぞ!」
「……へぇ……」
 ルキリウスはなんとか相槌を打った。今は九月の初め。少し前に、この世界の中心であるらしきローマには、とある知らせがもたらされていた。
 ローマ軍、エジプトのアレクサンドリアを完全制圧。将軍マルクス・アントニウス自害。
 不思議な話だと思った。敵将もまたローマ人で、彼と共に戦った仲間たちの多くもローマ人だったに違いないのに。
 とにかく、ルキリウスはドルーススの話を懸命に理解しようとした。
「……ひょっとして、君はサモス島のことを言っているのかな?」
「かもしれない」
 ドルーススは無邪気に認めた。ルキリウスは彼を肩越しに見やった。
「以前にも君は間違えた。それでぼくは君の兄上にたわ言だらけの手紙を送らなきゃいけなくなった」
「あにうえもいるぞ!」苦情を無視し、ドルーススは飛び跳ねた。「もうすぐ会えるぞ!」
 そうらしかった。もう一年半ほどカエサルオクタヴィアヌスの軍についていったきり帰ってこないドルーススの兄――ティベリウスクラウディウス・ネロもサモス島の冬営地に戻るだろう。
「よかったね」ルキリウスは言った。本当にそう思ったのだ。
「明日、出発する!」輝く顔で、ドルーススは教えた。「あにうえの誕生日に間に合うように!」
 当然のように、ルキリウスは知っていた。ティベリウスの十二回目の誕生日とは、十一月十六日だ。まだ二ヶ月と少しあるが、それでもサモス島ははるか東の彼方だ。おそらく旅はカエサルの妻リヴィアが取り仕切り、そこへカエサルの姉オクタヴィアも同行するだろう。そうなるとリヴィアの次男であるドルーススばかりでなく、オクタヴィアの大勢の子どもたちも従うはずだ。
 ユルス・アントニウスも行くのだろうか、とルキリウスは考えた。マルクス・アントニウスの次男だ。こういう結末をずっとずっと予期していながら、オクタヴィアの保護下で暮らしてきた少年だ。今日も、ルキリウスが名目上待っていたのはドルーススであるが、実際に待っていたのはユルスのほうだった。まだ家から出てくる気配はない。
いずれそういうことになるなら、ぼくはとうとうお役御免というわけだ。ルキリウスはそう思った。二年前の年の暮れに引き受けることになった、ティベリウスとの約束だった。
 だが、ドルーススが言った。「お前も行くぞ!」
「……なんだって?」ルキリウスは思わずぽかんとした顔を向けた。
「お前もサモス島に行くんだぞ!」ドルーススはくり返した。
 ルキリウスは信じられなかった。「ぼくは君らの家族じゃないよ。素性不明の、『へんなやつ』だよ」
 ドルーススと話すようになって一年近くなるが、ルキリウスはまだまともに自分の名前さえ伝えていなかった。貴顕中の貴顕であるクラウディウス・ネロ家のお坊ちゃんにしてみれば、自分など取るに足りない庶民にすぎないと知っていた。
 『へんなやつ』とは、兄の物まねをするルキリウスをドルーススが呼ぶ名で、不幸にも、この一年半でティベリウスから彼に届けられた唯一の手紙にも、同じ宛名が記されていた。皮肉以外のなんでもなく、ルキリウスはティベリウスが帰ってきた場合の身の行く末を色々と考えてしまった。ぼこぼこかな。八つ裂きかな……。
「メッサラ家のマルクスも行くぞ」ドルーススは知らせた。
「彼は父親に会いに行くんだろう?」ルキリウスは指摘した。マルクスの父親メッサラ・コルヴィヌスが、将軍の一人としてカエサル軍に参加しているのだ。「ぼくは行かないよ。行く名目がない」
「船があるんだろ!」ドルーススが思い出させた。ロングス家の稼業のことを言っているのだとわかった。いつ話したっけか……。「ぼくが乗ってあげてもいいぞ!」
 ルキリウスは思わず微笑んだ。「光栄だけどね、ドルースス。君みたいな良き家柄の子どもを乗せて浮いていられる船じゃないよ」
 第一、ドルーススの母親が許すはずがなかった。ルキリウスはドルーススへ首を向け、あらためて言った。
「ぼくは行かない。ここで待ってる。君の兄上にはよろしく伝えておくれ」
 すると、ドルーススは見る見るしょんぼりと眉毛を下げ、背中の上でぶーっと頬をふくらませた。なんだよ、もう……とルキリウスは苦笑する。ようやっとあにうえに会えるんじゃないか。君がどれだけ恋しがっていたか、ぼくは知っているぞ。それなのにその顔はなんなんだよ。
 ぼくは君の友だちじゃない。君の兄上に頼まれたから、そばをうろうろしていただけだ。それも頼まれた対象は、君じゃなくてユルス・アントニウスのほうだ。君に絡まれる羽目になったのは、ぼくのドジだったんだ。
 君のためじゃないんだよ、ドルースス。ティベリウスのため……いや、ティベリウスに頼まれたぼくのためなんだ。
 だから、そんな顔をするなよ。
「言っておくけど、無事に帰るまでが遠征だからね」腰をひねり、ドルーススの頭をとらえて撫でまわしながら、ルキリウスはさも気楽に言った。「君も気をつけるんだよ、ドルースス。アントニアたちとはしゃぎすぎて、迷子にならないように。海に落っこちたりしないように」
「お前はあにうえか」ドルーススが言った。それからルキリウスの腹に頭を埋めてきた。「一緒に行こう」
「行かないよ」
「お前をあにうえに会わせたい」くぐもった声が言った。
 ルキリウスは苦笑を引っ込めることができずにいた。「君は可愛いな、ドルースス」
 こんな子どもと一緒にいると、つい素直な言葉が口をついて出る。なるほど確かに、あのティベリウスがだれより愛してやまない弟だ。もう胸が苦しくなるくらい、よくわかっていた。
 それでも、とルキリウスは言い張るのだ。「ぼくは命が惜しい」
「食べられちゃえよ。お前なんか、あにうえの顎で噛み砕かれちゃえよ」
 それが、弟が決めた物まね師に対する処刑法らしかった。ルキリウスは身震いしてみせた。それから言った。
「とにかく、無事で帰ってこいよ」
 すると、ドルーススは拳を突き上げてきた。危うく顎に一撃くらうところだったが、見ていると、小さな拳がゆっくりと開かれていった。中からは小さな銀色の光がこぼれ出た。
「お前に」ドルーススが言った。
「ぼくに?」ルキリウスは目元をしかめた。
「あにうえからだ。手紙の中に入ってた」
 それは、銀貨のようだった。ただし鋳型が使われたにしては、独特の模様をしていた。片面になにかの鳥の図柄、もう片面には文字が刻まれていた。ルキリウスはドルーススのしめった指からそれを受け取って、適切な距離から読んでみた。
『ルキリウス、ぼくはこれから帰る』
 それだけだった。
 君はぼくの夫か……とは、真っ先に思い浮かんでしまった指摘だった。けれどもかろうじてそれを呑み込み、つくづくと眺める。思いめぐらす。
 ルキリウス、と名前だけで呼ばれたのはたぶん初めてだ。必要なときはいつも「ルキリウス・ロングス」と、罪人に刑を宣告する冥王のような口調で呼ばれたものだ。
 これはいったいなんだい、我が愛しき友?
 ルキリウスはその銀貨へ問いかけた。澄み渡る青空へかざしてみながら、不気味と言っていい胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
 それでも、君がようやく帰るというのなら、ぼくは待つ。いつまでも待つ。それが、君とぼくとの約束だ。
 ルキリウスはただ一つの銀貨を握りしめた。

 飛んでいけ――。

 

 

 

 

【こぼれ話】

 

ティベリウス・ネロの虜囚』「第二章 家族」より。(ー3の後に入る予定でした)

 

 

 テレンティアの狂乱にもめげず、会談は夕刻が近づいても終わらなかった。詩人たちは、そろそろ遊び疲れただろうと、子ども三人を室内に入れた。そしてもったいぶりつつも楽しげにはじめたのは、怪談だった。
「暑い夏は怖い話でひんやりするにかぎるからねぇ」
 ホラティウスが雰囲気たっぷりににたりと笑った。
「なんだい。どんなのがきたって、ぼくはちっとも怖くないんだぞ」
 ドルーススは勇ましく両腕を振った。ホラティウスはこのちび助がお気に入りだった。今日もはじめる前から期待通りの反応をくれる。可愛いったらない。
 マルケルスはティベリウスを見た。ティベリウスは小さく肩をすくめた。礼儀は尽くそうと言ったつもりだった。
 ホラティウスが主筋を語り、他の詩人たちがそれに思い思いのつけ足しをして盛り上げた。
 カニディアという魔女がいる。彼女は夜な夜なローマの墓地に出没し、仲間二人とともにおぞましい儀式を行っている。
 まずは幼い少年をさらってくる。服を剥ぎ取り、ブッラを引きちぎり、裸にしたところで首から下を地中に埋める。そうしておいて毎晩、少年の前に供え物を置く。泣いて哀願する少年の声に応える者はいない。魔女は小蛇を絡ませた髪をうじゃうじゃと逆立て、無慈悲に見下ろすばかりだ。
 そうして少年が死ぬと、魔女たちはその肝臓を取り出す。身の毛もよだつ行いを繰り返したおかげで、それは干からびている。魔女はその肝臓に、ヒキガエルの血を塗った卵、フクロウの羽、飢えた犬から奪った骨、さらに種々の毒草を混ぜて、恐ろしい薬を作る。それを一口飲んだ者はたちまち正気を失い、永久に魔女のしもべとなる。
 そんな話だった。
「君たちはみんな良い子だが、もしいたずらが過ぎたり大人の言うことを聞かなかったりすれば、魔女にさらわれるかもしれないぞ」
 そう言うと詩人たちは、それぞれ恐怖をあおるような表情を作って、子どもたちの反応をうかがった。
「へへんっ、へへんっ」
 ドルーススは右拳を何度も突き出した。
「そんな魔女なんか、これっぽっちも怖くないぞ。ぼくがみんなやっつけてやるんだぞ!」
 もちろん詩人たちは、兄の服の裾をつかむ左手を見逃していなかった。全員必死で笑いをこらえていた。
 マルケルスは青い顔をしていた。こちらも申し分ない聞き手だった。このような素直で純真な子どもこそ大人の理想である。大切に保護し、あたたかく成長を見守ってあげたくなる。
 聞き手がティベリウス一人だったら、詩人たちはさぞがっかりしたことだろう。まずもって全然可愛いところがない。終始無表情で、いかにも礼儀でつき合っていると言わんばかりの態度。醒めた目は、魔女の話が万が一本当ならば、ただちに造営官にでも連絡して対策を講じてもらわなければと考えているように見えた。実際に、ティベリウスはそのようなことを考えていた。
 ティベリウスは間違っていない。だが、もう少し子どもらしいところがあってもいいのではないか。
 それでも詩人たちは、ほか二人のすばらしい聞き手に満足し、一人の興ざめな聞き手の存在にはそれほどへこたれなかった。
 最後にホラティウスは、あたかも黒く長い爪が生えているかのように十指をわななかせ、かっと目を剥き、耳まで口を裂き、夜闇を貫く魔女の笑い声を実演して見せた。ドルーススもマルケルスもすくみあがった。
 演技は真に迫っていた。もしかしたら、ホラティウスは魔女と知り合いなのかもしれない。
 そこへ、テレンティアを連れたマエケナスが現れた。
「おいおい、君までぼくを不眠症にする気かい。キーキーわめくのは妻一人で十分なんだが」

 

 

 カエサル家に帰るころには、雨がぱらついていた。珍しく夏の嵐が近づいているようだった。
 夜、中庭に吹きつける風が、さながら魔女の吐息のような音を立てていた。儀式には絶好の日和だろう。
 寝室づきの奴隷が、外から扉を開けた。
 ティベリウスが顔を上げると、枕を抱えたマルケルスが立っていた。気恥ずかしげな笑みを浮かべながら、少し震えていた。
「今日はこっちで寝てもいいかな?」
 上掛けからドルーススが顔を出した。
「なんだよ、マルケルスは怖がりだな」
「お前は人のことを言えるのか」
 ティベリウスは胸元のドルーススの頭に言ってやった。ドルーススは首を反らし、へへっと兄に笑いかけた。
 そういうわけでマルケルスは、空いているドルーススの寝台に入った。
「いいなぁ、ドルースス」
 マルケルスはうらやましそうな目を向けてきた。ドルーススは兄の腕と上掛けにくるまって安心しきっていた。彼は勝ち誇った笑みを返した。
「うらやましいか、マルケルス? やらないぞ。あにうえはぼくのあにうえなんだからな」
「お前はもういい加減に寝ろ」
 ティベリウスはドルーススを上掛けに押し込んだ。
 奴隷は扉を閉めた。このような日でも、彼は外の回廊で眠るのだ。
 部屋は再び真っ暗になった。不気味な風音が続いていた。
 ドルーススはしばらくもぞもぞしていたが、やがて背中を兄に預けて落ち着いた。しだいに一定の拍子をとる弟の呼吸を聞きながら、ティベリウスもまどろみはじめた。
 そこで雷が鳴った。
 ドルーススがびくりと動いたので、ティベリウスも目が覚めた。
 雨音が急に強くなった。立て続けに雷鳴が轟き、ドルーススが胸にしがみついてくる。
ユピテルが怒ってるよ」
「大丈夫だよ、お前に怒ってるんじゃないから」
 とは言え、ティベリウスも雷は好きではない。ちょっと待っているよう弟に言って、寝台から出た。
 もともと夜目が効く体質なので、手間取らずに進めた。部屋を横切り、花瓶から月桂樹の枝を抜く。布で水気を取ると、また寝台に戻る。その影をマルケルスの視線がずっと追っていた。
 寝台の上ではドルーススが待ちかねていた。ティベリウスは月桂樹から小枝をちぎり、ドルーススの髪に刺してやった。
「雷が落ちないお守りだよ。母上がおっしゃってた。雷火でも燃えないんだよ」
 それからティベリウスはマルケルスに振り返った。マルケルスはじっとティベリウスを見つめたまま、無言で小枝を受け取った。
 また雷鳴がした。かなり近づいてきていた。
「あにうえ、早く!」
 ドルーススにせかされ、ティベリウスは上掛けの中に戻った。ドルーススが兄の頭に小枝を刺す。暗いなかでも、神妙な顔つきがよくわかった。
「きっとユピテルは悪い魔女をやっつけてるんだな」
 ドルーススはつぶやいた。たしかにこのような天候になっては魔女も災難だろう。
 次に轟いた雷鳴はひときわ大きかった。屋敷が震えた。
 兄の胸にひしとうずまり、ドルーススはぐすぐす言い出した。
「大丈夫、大丈夫」ティベリウスは背中をさすってやった。
「ぼくはなんも悪いことなんかしてないんだぞ。計算の勉強もちゃんとやったし、アントニアもいじめてないぞ。あにうえを池に落としたけど、そのあとおしりをつねられておしおきされたぞ」
「わかってるよ」
 山を引き裂くような雷鳴が響き、大地をゆらがした。
 どこかに落ちたのではないかと、ティベリウスは心配になってきた。
 ふと、背中が圧迫される感覚がした。
「…マルケルス?」
「ごめん!」
 謝りながらマルケルスは、夢中で背中にしがみついてきた。うなじに押しつけてくる額が汗ばんでいた。
「あにうえ!」
 前からはドルーススがこれでもかと埋まってくる。
 ティベリウスは目をぱちくりさせた。まったく身動きがとれなくなっていた。
 嵐の夜だろうと、季節はまだ夏だった。眠るには薄い上掛け一枚で十分だ。今や暑いうえに逃げ場がなくなっていた。おまけに前からも後ろからもしめつけられて苦しい。とどめに、寝返りもできずに体が痛くなってくる。
 だが挟む二人は必死だった。おびえきっていた。
 やがて嵐も雷鳴も、少しずつ遠ざかっていった。二人の呼吸が静かで規則正しくなっていく。けれどもティベリウスは、途方に暮れてなにもない部屋の角を眺めるばかりだった。

 

 

 翌日の昼、嵐は嘘のように去っていた。日差しに目を細めながら、オクタヴィアヌスが家に戻ってきた。元老院会議を終えたあとだった。
 いつものごとく、ドルーススは歓声を上げてまっしぐら、継父に体当たりした。
「おかえりなさい、カエサル!」
「ただいま、ドルースス。お前に会いたかったよ」
 オクタヴィアヌスもまたいつものごとく、相好を崩して継子を抱きとめた。
 ティベリウスは中庭で書物を読んでいた。ドルーススと接吻を交わし合ったオクタヴィアヌスが近づいてきた。それで、書物を掲げた体勢のまま立ち上がった。
「おかえりなさい」
 それからまた階段に腰を下ろし、読書に戻った。
「ただいま、ティベリウス
 オクタヴィアヌスは言った。
 ティベリウスはひそかに唇を噛んだ。礼儀を尽くしていないのはわかっていた。
 だがそこで、ドルーススがにやにやしながら周りをぐるぐる歩きはじめた。ティベリウスは相手にせず、読書に没頭しようとした。オクタヴィアヌスで頭がいっぱいだったので、ドルーススが書物を取り上げるとまでは思い至らなかった。
 ふいに手から書物が消えると、くっきり赤いあざがついた左頬が露わになった。
 息を呑んだティベリウスは慌てて手で覆ったが、すでに遅かった。
「どうしたんだ、その顔は?」
 オクタヴィアヌスが目を丸くした。
 かっと顔が火照った。あざが見えなくなるほど赤面していたかもしれない。ティベリウスは口をぱくぱく動かした。だが結局なにも言えず、がっくりうなだれた。
「あにうえね、テオドルス先生に怒られたんだよ」
 代わりにドルーススがすべてばらした。
「授業中に居眠りして、ぱしいって叩かれたんだよ」
 オクタヴィアヌスはますます目を見開いた。
「お前が居眠り?」
 ティベリウスは歯噛みをした。こんなに弟を恨めしく思ったことはなかった。
 ドルーススがこんなに喜んでいるのは、兄が叱られることなどめったにないからだ。ローマの教師は体罰を当たり前に行うが、ティベリウスはその理由など与えない優等生だった。鞭も平手打ちもまず縁がなかった。
 今日がその例外だが、ティベリウスはなにも言えなかった。居眠りをしたのは事実だし、テオドルス先生は当然の罰を与えたと思っている。だが、もっと目立たないところを打ってくれてもよかったではないか。恥ずかしい思いに耐えなければならないうえに、一番見られたくない人に見られてしまった。高名な先生の授業をなまけるような不誠実な子どもと、オクタヴィアヌスに思われてしまう。それがなにより辛かった。今日以外の毎日、精魂傾けて勉学に励んできたのに。
 だが言い訳はできなかった。
 ティベリウスはすっかり気落ちして、階段にうずくまった。
 ドルーススはしばらくはしゃぎまわっていたが、やがてオクタヴィアヌスが庭の木からシトロンをもぎ取り、これを厨房係にしぼってもらうように言いつけた。ドルーススはたっぷりの蜂蜜投入を期待しながら、走り去っていった。
 オクタヴィアヌスは沈み込むティベリウスを見下ろしていた。なにも言う気がないティベリウスは、早くこのいたたまれない時間が終わることだけを願っていた。
「泣いているのか?」
 ティベリウスはぎょっとして顔を上げた。さらに傷ついていた。
 カエサルはぼくが教師にはたかれたくらいでめそめそ泣くような男だと思っているのか。
 オクタヴィアヌスはにやにや笑っていた。その意味をティベリウスがはかりかねていると、彼はかがんで目線を合わせてきた。
「私は弟だが、どうも兄というのは辛い役まわりらしいな」
 オクタヴィアヌスの手が、ティベリウスの赤い左頬に触れた。
「どうして言わない? 昨夜はマルケルスとドルーススに挟まれたせいで眠れなかったと」
 ティベリウスは目をまんまるにした。口をぽかんと開けた。
「…どうして知っているのですか?」
「私もあまり眠れなくてね」
 オクタヴィアヌスが一晩に三度も四度も目を覚ます体質であるのは、家のだれもが知っていた。
「あんな夜だったし、子どもたちがどうしているかと気になって覗いてみたら、お前があの二人に押しつぶされて苦しそうにしていた」
 オクタヴィアヌスはくすくす笑い声をもらした。継父の訪問にティベリウスはまったく気づかなかったから、一睡もしていないわけではなかった。それでも朝からぼうっとして、テオドルスが手を振り下ろすまで開こうとしないまぶたと戦いながら、半ば夢を見ていた。体はまだぐったりしているが、それは寝不足のせいばかりではなかった。今このとき、全身から力が抜けていく感覚がした。
「体がしびれて大変だっただろう?」
 オクタヴィアヌスティベリウスの頬をゆらした。それから手を頭に動かした。
「お前は強い子だ。泣き言一つ言わずに、弟とマルケルスを守った。私はお前を、とても頼もしく思っているのだよ」
 なでる手が、とても柔らかかった。
「大変だろうが、これからも守ってくれるね? ドルーススはもちろん、私の甥のマルケルスも。あの子はお前にだけは甘える。お前を一番頼りにしているからだ。マルケルスを頼んだよ」

 

 

 午後、ティベリウスたちが肉体鍛錬に出かけると、家の男児はドルースス一人になる。退屈にはなるが、なにかと厳しい兄に叱られる心配なく、のびのび羽を伸ばせる。
 近所の友人と遊んでもいいのだが、最近のドルーススは妹のアントニアを相手にすることが多かった。なんとかこの生意気な妹分に兄の威厳を見せつけてやりたいと思っていた。ところがこのアントニアは少しばかり変わった性向の持ち主だった。普通の女の子が嫌がる生き物の類を可愛いと言う。愛らしい子猫より、うようようねるウナギに興味津々。あるときなどはヒトデを頭じゅうに張りつけておしゃれし、母オクタヴィアを気絶させた。ドルーススのペットの蛙とも、今では飼い主より仲良しだった。
 アントニアはなにも怖がらないように見える。こんな娘をぎゃふんと言わせるためにはどうしたらいいのだろう。
 ドルーススは考えた。
 結果、兄のスゴさを思い知らせてやるためには、アントニアが感心せざるをえないような大物を目の前で捕まえてやるのが良いと考え至った。怖がらせるのではなく、喜ばせて尊敬させるのだ。
 そこでドルーススはアントニアを連れて、近所の公園に向かった。そこにはさながら主のような巨大なトカゲがいると、子どもたちのあいだで評判だった。アントニア好みの獲物だ。
 二人は公園じゅうを探しまわった。そのあいだドルーススは、巨大トカゲを捕まえたらお前にあげてもいいぞと言って、アントニアを期待させようとした。ところがアントニアは、アントニアのほうが先に捕まえるのよと言って、またドルーススの威厳を奪おうとした。
 なんてやつだ。負けてたまるか。
 ついに目当てのものに違いない大きなトカゲを見つけると、二人は肩をぶつけ合って追いかけた。
 トカゲは木の幹を伝い上がって逃げた。ドルーススはすぐさまよじ登ってあとを追った。
「あぶないわよ」
 アントニアが言った。
「ドルーススはおちちゃうわよ」
「平気だよ」
 ドルーススは言った。太い幹をすいすい登る姿を見せつけてやった。
「お前とちがって、ぼくは高いところでも怖くないんだぞ。お前より先にあいつを捕まえてやるから、そこで大人しく待ってるんだぞ」
 ドルーススは枝先にトカゲを追いつめた。勝利を確信し、満面の笑みを浮かべる。
「見てろよ、アントニア!」
 そして両手で獲物に跳びかかった。
 ところが、トカゲは枝の裏側をさっさと伝って走り去った。
「わっわっ…」
 枝が激しくゆれた。しまいにドルーススの重みに耐えきれず、大きくしなって下に折れた。大声を上げながら、ドルーススはくるりと一回転して落下した。
 幸い、下は浅い池だった。前日の雨で泥沼と化していたが、おかげで怪我をせずに済んだ。
「ぷはっ」
 ドルーススは泥沼の中で座り込んだ。驚きが去るまで、少しかかった。それから気持ちをくさらせた。
 またアントニアにカッコイイところを見せられなかった。それどころか、また笑いものになった。
 ドルーススはむくれた泥まみれの顔をアントニアに向けた。
 アントニアは黙って立ちつくしていた。飛び出さんばかりの目玉で、ドルーススを見つめていた。
 それから火のついたように泣き出した。
「ア、アントニア?」
 慌てたドルーススは大急ぎで池から上がった。パラティーノの丘じゅうに響くような泣き声だった。
「お、おい、なんで泣くんだよ?」
 困惑してその涙まみれの頬に触れ、泥だらけにしてしまった。ドルーススはますますあわてた。
「な、な、なんだよ」ドルーススは自分の全身を見まわした。
「ぼくはドルーススだぞ。泥んこオバケじゃないぞ!」
「ど、ドルーススが…」アントニアはしゃくりあげた。「ドルーススがおちちゃったの」
「悪かったな、トカゲが獲れなくて」
 ドルーススは怒って見せたが、アントニアはさらにひどく泣きわめいた。
「ドルーススがおちちゃったの。あぶないことしたから、おおけがしちゃったの。おっきなおとがして、いなくなっちゃったの、いっぱいいっぱいいたかったの。こわかったの……」
 ドルーススはあんぐり口を開けた。
 頭をなでてやったら、アントニアはまた泥だらけになった。
 夕方、手をつないで家に帰るや、母リヴィアに大目玉をくらった。そのうえちょうど兄たちが帰ってきた。
 一部始終を聞いた兄はいつにもまして怖い顔で近づいてきたが、今日ばかりはドルーススも気にしなかった。
「ぼくはもう、ぜったいアントニアを泣かさないぞ」
 そう言って黙々と泥をぬぐう弟を、ティベリウスは目をしばたたいて眺めた。

 

 

 

 

※※※

以上です。よろしければ近々連載する新作、読んでいただけましたら幸いです。

 

……例によって長いですので、無理なさらないくらいで(^-^;

 

 

新作(2種)、打ち上げ用意……(&つぶやきについて)

ははは……そろそろカウントダウンといきますぜ! 結局やっぱり見切り発車ですけどもな! 地図なんて少しもできてないですけどもな!

でもそれ以外はほぼほぼ整いましたので(いや、嘘。整ってないよ)、三作目、もうじき打ち上げ開始。

次記事あたりから、関連物からまず上げていきます。本編も今月中に、連載開始。

 

ははは……それに加えてなんと、例のリーフ王子のグランベル778』、続きを21万字小説化という激闘の末に完結しましたぜ!

 

……いったいなにやってんの、お前!?

 

い、いや、これは違う。ただ約十七年前の隠された文書をまたまた発見しただけ……(すっとぼけ)

 

というわけでこの不肖わたくし、

古代ローマ・オリジナル小説 約58万字

似非プレイ日記小説 約21万字

 

計79万字のストックを抱え、近日大放出という暴挙に出ます。たぶん……。

 

前者「小説家になろう」様

後者「pixiv」様のファンフィクション・アカウントにて、予定。

どちらも連載開始次第、冒頭部をこのブログにも載せると思います。

 

 

 

(以下、無駄に長い別の本心)

 

 

それで、ははは……某Twitterアカは本物です。そのうちアップする三作目が証拠ということで……。どうしよう。使い方がマジでわからないアラフォー。

 

いや、それもそれですがね……。

 

早々にこんなんで恐縮ですが、向いてないんじゃないかな。馬鹿みたいな話かもしれませんが、自分が公開している小説さえ、読んでもらいたい気持ちと同じくらい読まれたくないという気持ちが強い。正確には、読まれた場合の恐怖が強いってことなのでしょうが。なにしろ十七年も前にだれにも公開しない創作物を書いて、平然としておった人間ですからな……。「創作物は見られたり読まれたりしてこそ完成」という話ももっともですが、この一ヘボ創作者、読者様さえ想像&妄想で生み出して満足していたとしか思えない。脳内読者様で自分の顕示欲的なものを満たせていたとしたら、私はとても幸福であり孤独でもあったということでしょう。

ところがですね、私、脳内読者様で満足していた時期から、少しずつ踏み出しまして今に至るわけですが、その結果今まで報われなかったことがないんですよ。

だってそうでしょう? このブログしかり、古代ローマ小説しかり、あのファンフィクションしかり、その他ここでは公開していないものや閉鎖したケータイ用HPなんかも昔はあったのですが──

私は、必ず読者様に恵まれてきたのですよ。

現実に。

必ずだれかが読んでくださった。

そして圧倒的な数ではないかもしれませんが、質的な意味では間違いなく。

えっ、こんなのを読んでくださるの? そんなところまで気づいてくださるの? こんなマイナーネタなのに、つき合ってくださるの? わーっ、そこまで理解してくださるの?──と。

奇跡しか体感してないと言っていい。

 

そりゃあ……今まで創作して一銭もお金になったことはないですけれども、この点がある意味とても愚かなんでしょうけども……だからこそ、ある意味好き勝手、様々に書いてこられた。

 

感謝しかない。

 

それでも今、こうして次作を公開するのが怖い。それを今や当たり前のツールであるTwitterを使って告知・宣伝するのもとても怖いとは、いったいどういうわけか。

 

いつか好き勝手できなくなる日が来ることを恐れているんだろうか……? 

 

自分が超がつく臆病者であることは、よくわかっております。

 

いや、それにしても、自分のつぶやきとかフォロワー様や他所様にもれるって、申し訳なくないですか?

えっ、じゃあオマエは他人様のつぶやきが流れてくるのを迷惑だと思っているの?

いや、とんでもない! 私はいつだって大歓迎だ。未知の話題だろうがなんだろうが、好きな人たちが元気にしていることを少しでも垣間見られるなら幸せだ。

だったらオマエだってつぶやいていいじゃん。

い、いや、それとこれとは話が別だろう……

──と、考えてしまう。

いっそ、フォローもフォロワー様もゼロのまま、だれにも知られないまま延々つぶやいていたい。

だれにも気づかれないでいたい……

 

どっかでそう思っている。強烈に。

 

創作物を上げている以上、私にも自己顕示欲的なものはもちろんあるし、たぶん強いほうだとも思うんですが、それ以上に強烈なのが恐怖心というか、外へ出たくないという引きこもり精神なんでしょうな。

 

で、なにが言いたいかって、

そういう相反する気持ちを抱えたまま、これからあれこれ放出するし、少しつぶやきます、ということです。

 

でもきっと、だれだって多かれ少なかれこういう気持ちを抱えていらっしゃるんじゃないかな、と思います。

 

だったらオマエは別にやめとけばいいじゃん、って話なのですが、

まぁ、なんでって、自分に足りないのはこういう「とりあえずやってみる精神」だと思うからです。実際、たまに指摘される。いつだって恐怖心に負けて、安全地帯に留まっている。それがアラフォーになってもこの私。

 

だから、たまにはちょっと冒険してみたっていいんじゃないかと。

 

昔は海外一人旅だってできたやつが、こんなに臆病だなんて信じられないでしょう。

あれだって超絶一大決心の結果だから。

 

消えたときは、ああ、こいつ逃げたな……と思ってください。逃げただけ死んではいないだろうから、そこは大丈夫。

 

 

さぁて、ぼちぼち行きますか。大放出祭り!

 

そもそもだ! そうたいしたもんでもないから心配するな! 自意識過剰なんだ、うん!

 

 

……思いがけずなにかご迷惑をおかけすることになったなら、すみません。

スルーしてくださるか、こっそり教えていただければ幸いです。

 

 

そして……オイオイ、以下の書き上がり記事から四ヶ月も経ってるの? 

待っていてくださる読者様がいるかもしれないのに? さあ、急げ!