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A.Banana.S

古代ローマ、ナックス兄さん、ドートマンダー・・・好きなことをぽつぽつと。

日常と、「アンディー・ケルプが悪党パーカーである可能性」

日常 パーカー 妄想 ドートマンダー

ご無沙汰しております!

 

捻挫が思いのほか長引いたり、虫歯でもなかったのに歯茎がやたら腫れたり、時計や傘を失くしたり、4日連続でGに出くわしたりと、地味に軽めのトラブルに見舞われていたこのごろでした(最後のは最悪の気分になりますわ、やっぱ。かんべんしてくれ・・・)。

 

その間、次の挑戦を色々考えていたのですが、結局やっぱり手を出しかけてはやめてみてをくり返し、ひとまず現在の結論は、来年の3月まではこのままでいようということでした。

逆に来年の3月以降は、思い切って海外にでも、それも旅行ではなく少し長めに滞在してみようかなどと考えているところです。あくまで今のところ、ですが。

でも居られて半年から2、3年じゃないかと思い、じゃあ、帰ってきてからどーやって暮らしていくんだ、と・・・。

 

あ~、もう、いつまでフラフラしてんだって話ですね。自分でも言い飽きましたが(苦笑)

 

ほぼ正社員歴はないと言っていい、アラサー独り身フリーター女(引きこもりニート経験多数、彼氏おろかリアル友人もなし)、相も変わらずずぶとく生きておりますよ! わりと元気ですよ!!

 

友人もなし、と書きましたが、それでももう10年の付き合いになる美容師さんと、行きつけのカフェのご主人と、定期的におしゃべりできる楽しみがあって、さみしいと感じることはわりとないんですよね。とくに美容師さんは、私のことを私の次に知っているとおっしゃってくれるほどで、ありがたいことです。確かに、ニート時代からのご縁でしたものね。

 

かかりつけドクターにも、このあいだ相談に乗っていただいたし。

なにより家族と仲良くやっているし。

たっぷり幸せではないですか。

・・・ああ、だから変われないって理由もなきにしもあらず、なんてね。

 

でもまあ、のんびりやります。変えていきます。のんびりやりすぎて色々な市場における価値とかが下がっている一方なのかもしれませんが、そもそも踏み外しっぱなしの人生でしたからね。まっとうに行くこととか、勝つこととか、期待しないでいいんではないかと。

 

来年の3月まで、遊び方面も、仕事方面も、スキルアップ方面も、悔いのないようにやろうと思います。

 

まず、あれだ、エクセルとパワポ。まったくできないんですよ・・・。大学卒業してから立ち上げていないも同然とか・・・(汗)

 

 

さて、相も変わらずの日常語りのあとは、またもマニアックすぎてわかる方いるのか、なアホ考察を書かせていただきます。…いや、言い訳をすれば、これを実際に書いたのは10年以上前です。発掘して、あまりに読むに堪えないところは加筆・修正しましたが、それでもひどいもんだ……。

 

私が永遠に敬愛する『ドートマンダー・シリーズ』と『悪党パーカー・シリーズ』の話です。昔書き溜めたものの、ほんの一部で、中でも滅茶苦茶なやつです。少し内容に触れますので、お読みいただく場合はご注意ください。

 

以下、たぶんティーンだった東道安利の、わりと寒めの、ほぼ原文まんまでお送りします。

 

 

 

~アンディー・ケルプが悪党パーカーである可能性~

 

 

 

な・い・よ!!!(笑)

 

 

 

そんなことは百も承知だが、0パーセントではない気がする(え?)

もしこの男が、かの悪党パーカーだったら――表の顔は社交的で陽気で楽天家の泥棒、裏の顔は冷酷非情な一匹狼の犯罪者。NYで気ままに暮らしつつ、郊外で情婦クレアと愛し合う二重生活。相棒ジョン・ドートマンダーとちょっと間抜けな仕事に無邪気に精を出しつつ、邪魔者はすべて始末し裏切り者はどこまでも追い続ける……。

……あまりにありえない。いや、だからそんなことはわかっているんだが、あえて、無理矢理に、がんばって、面白半分に、検証してみようと思う。

 

果たしてアンディー・ケルプはパーカーなのか……!?

 

 

疑惑その①

 

なぜこんなすっとぼけたことを考えてしまうに至ったのか。

はじまりは『強盗プロフェッショナル』(1972)でケルプが銀行口座を開くふりをしたときである。彼は「チャールズ・ウィリス」という偽名を使った。この偽名はパーカーが最も頻繁に使うそれとして有名だ。クレアも、初めてパーカーに出会ったときに彼がこの名を使っていたため、以後もこの名を呼んでからかう場面が見られる。その名を、ケルプが使っていた……。

まあ、次の『ジミー・ザ・キッド』(1974)を読めば、詳しい読者は、「あはは、こいつはあの本からウィリスの偽名を拝借したんだ」と思うかもしれない。

だが、ちょっと待ってほしい。

ケルプは『ジミー~』のとき、独房で(←ヘマをした)初めてパーカーシリーズを読んだことになっているのである。『強盗~』のときは、まだチャールズ・ウィリスの偽名なんて知らないはずだ。

偶然にしては出来すぎていないか……?

 

 

疑惑その②

 

その数年後の『天から降ってきた泥棒』(1985)。ケルプはアヴァロンステイト・銀行タワーに、なにやら作業員の格好をして下見に出かけている。それを終えると、ドートマンダーの自宅にやってくる。そのとき彼の作業服のネームプレートには、「ウィリス」と書かれていた……。

……こいつはいまだにパーカーシリーズを愛読しているのか? あれだけひどい目に遭ったのに懲りないやつだ。それとも単にその名前、気に入ったの?――で済む話といえばそうだが……。

しかしドートマンダーのお気に入り偽名「ディダムズ」のように、それを使ってなにか良いことがあったという話はシリーズを通して記されていない。ケルプはそれほど縁起担ぎであるという描写もないし、数年たって後も「ウィリス」を使う理由が浮かばない。忘れられないほど使い慣れた偽名だからか……?

(ケルプの最もよく使う偽名は「アンディー・ケリー」だが、これだとあまりに本名に近くて、実際『バッドニュース』ではギルダーポストに身元を突きとめられてしまう)

 

 

疑惑その③

 

ドートマンダー・シリーズ第1作『ホット・ロック』(1970)と、第4作『悪党たちのジャムセッション』(1977)に登場する、アラン・グリーンウッド。彼は初登場時から、パーカーの仲間の一人で、スピンオフシリーズでは主役をはる男、アラン・グロフィールドが元になっているとされていた。実際、二人ともプレイボーイの2枚目設定で、俳優と泥棒の二足わらじで暮らしているところが共通だ。

……元になっているどころか、グリーンウッドがグロフィールド本人だったらどうだろう?

『ホットロック』を読むと、ケルプとアラン・グリーンウッドはとりわけ仲が良さそうである。「グリーンウッドはいいやつだよ」とケルプは言うし、ドートマンダーがひとり地道に百科事典詐欺をして歩いているあいだ、ケルプとグリーンウッドは二人してイカサマ賭博で金を稼いでいたらしい。(ちなみにパーカーはグロフィールドのことを、「馬鹿」「気違い」「いいか、間抜け」など散々な言いよう)

つまり、ケルプとパーカーはキャラが違いすぎるとしても、グリーンウッドとグロフィールドはほとんどまったく違和感のない描かれ方なのだ。人殺しをするかしないかぐらいで(後者の方の、パーカーもちょっと引くかもしれないあっさりなぶっ放しぶりは『黒い国から来た女』(1971)より)。

ケルプとグリーンウッドは、パーカーとグロフィールド!?

 

 

疑惑その④

 

ケルプの相棒ドートマンダーの仕事は、 いろいろな不運が重なってうまくいかないことが多い。だからドートマンダーの恋人メイが、スーパーのレジの仕事をしながら家計を支えることもしばしばだ。ところがケルプはこれまで生活に困った様子がない。少なくともそんな様子を見せたことがない。

これまで本人も覚えていないほどの女性と付き合い、何人かとは結婚もしたというのが本人談である。シリーズ後半で素敵なパートナーができたのだが、その彼女はメイのように外で仕事をしている様子は描かれていない。

ドートマンダーとの仕事だけでは食えないはずである。もちろん一人でも小さな空き巣のような仕事はやっているのだが、ウン百万(日本円換算)単位の大きな仕事は、必ずドートマンダーと一緒にやる。なにしろドートマンダーの仕事に加われないとものすごく怒って家に乗り込んでくる人である。そしていつもいつも「うまい話」があれば、真っ先にドートマンダーを誘う男である。つまり、ドートマンダーと収入において大差はなく、さらにドートマンダー以上に出費の多そうな暮らしをしていることは十分推測可能だ。

ドートマンダーのほかの仲間、スタン・マーチやタイニー・バルチャーも、大仕事のない日々は車を盗むなどして生計を立てている。だからケルプもどこかでひとり稼いでいるのは当然だ。おそらくは、空き巣で。おそらくは……。

 

実はひとりで犯罪シンジケートと戦ったり、裏切り者たちを片っ端から血祭りに上げたり、仲間たちとともにカジノを襲ったり、グロフィールドを助けに豪邸に攻め込んだり……してないともかぎらなくもない?

 

ひとつ挙げておきたいのは、小さな仕事をするときでも、ドートマンダーがケルプに声をかけることが少なくないこと。しかしたまたま都合が悪くて相棒につき合えず、そんなときケルプはしばしば代役を用意する(ジム・オハラやガス・ブロックなど)。ドートマンダーはそれでもだいたい良い目に遭うことはないが、一方のケルプはそのころ……なにか別の用事で忙しくしているんだろうね。

 

 

以上、とりあえず、明らかに深読みしすぎで偏見に満ち満ちた疑惑を取り上げた。今度はケルプに関して明らかにパーカーではあり得ない部分(ほとんどすべてだ)をいくつか取り上げて、がんばってつぶしていってみようと思う。

 

 

反証①:性格

 

はっきり言うまでもなく、正反対。まあ、パーカーに関しては謎が多いけれども。しかしもしケルプがパーカーの仲間だったら、あっというまに足を引っ張るからって始末されそうである(おいおい…。シリーズ後半見違えるように有能になっていくアンディーをぜひご覧ください)。性格に共通点はないと言っていいが、こういうところは演技でごまかせそうだ。ケルプ=パーカー氏はまったく正反対の人間を演じているのだ。

 

 

反証②:外見

 

ケルプの外見的特徴は、「筋張った体、輝く目、尖った鼻」である。およそ6フィート(約183cm)のドートマンダーよりも小柄で、明るい笑顔やにやにや笑いをよく見せる。

対してパーカーの外見的特徴だが、ほとんどわからないのが現状だ。しかしあの冷酷に荒業をやってのける体は相当頑丈で、どんなに見積もってもそこそこに大柄で屈強と見て間違いないだろう。なにせ最初の映画ではメル・ギブソンが演じた男なのだから。顔つきは非情さをかもし出し、無表情で、ときに相手に恐怖を与えることもできる。やろうと思えば少しだけ人当り良く見せかけることもできるが、ほぼ一貫して愛想のかけらもなく、たやすく接したり、簡単に気を許したりできないことを相手にわからせる。笑ってみせるのは、クレアの前だけだ。

人当りが良くて気さくなケルプとは似ても似つかない。

しかし、かもし出す雰囲気もまた演技でなんとか変化がきくのではないか。だが、体つきの違いはどうするか。特殊な筋肉増強剤とか……?

そもそもパーカーの外見は推測による部分も多い。ひょっとしたら単身でこそ恐るべき力を発揮する彼の体つきは、意外に小柄で細身……かもしれない。

 

 

反証③:『ジミー・ザ・キッド』

 

 今回のたわごとは、この作品の存在によってすべて否定される。とにもかくにもドートマンダーたちの世界において、悪党パーカーは架空の人物なのだ。あの無邪気な男にばかげた疑惑をかぶせたことを詫びねばなるまい。ホントにケルプがパーカーなら、『ジミー~』みたいな、ばかげたことするはずないもんな。しかしケルプ=パーカー氏が、本を自分で書いて、印刷して、ドートマンダーに見せて、自分の計画を遠回しに提案したとは……。

…ええいっ、いいかげんにしないか!

もうミもフタもないが、今までの疑惑は全部作者ウエストレイク=スターク氏のちょっとした遊び心だ! 愛読者をにやりとさせてくれるスパイスなんだ! これをうがった見方で深読みするなんて、しかもよりにもよってアンディー・ケルプにこんな疑惑をかけるなんて、大笑いもいいところだ!!

…遊び心で「チャールズ・ウィリス」と「アラン・グロフィールド」を片づけてしまって、本当にいいのか?…いや、さっき読み終えた(※のでしょうね、十〇年前のわたくし)パーカー・シリーズの最新翻訳で、パーカーの身体的特徴が語られているが、いろいろと、とくにやっぱり大柄というあたり、ケルプではありえないだろう。確認するまでもないことだが……。

 

しかしドートマンダーたちの世界において、パーカーは本当に架空の人物なのか。

実はウエストレイクは、『ダン・カーニー探偵事務所シリーズ』の著者ジョー・ゴアス氏と、共作をしている。ドートマンダーシリーズの『Drowned Hope』(1990 未翻訳)で、ドートマンダー一味とカーニーの仲間が、そして別の作品ではパーカー一味とカーニーが共演しているのだ。

つまり、ジョー・ゴアスの作品を通じて、ドートマンダー一味とパーカー一味は同じ世界にいることを証明されている……!

 

 

……だから遊び心だってば!!

 

 

 

結論:こうなったら

 

ケルプの言動をすべて否定してみよう。リチャード・スタークはドートマンダー世界におけるノンフィクションを書いている…アン・マリーはクレアだ…ケルプの心理描写は壮大な叙述トリックだ…………もう、よそう。みっともない。

 

ただ個人的に、ときどきパーカーをケルプに置き換えて読んでみると、また別の面白さを味わえると思う。あのパーカーの名場面を、脳内ケルプ変換で読んでみよう。…下手をするとパーカー・シリーズで抱腹絶倒することもできるかもしれない。だって、よりによってあのケルプがパーカーなのだよ! しかもそれはそれでなんかカッコ良くないっすか!?

グリーンウッドとグロフィールドのほかにも、ちょっと似ている仲間を探すことだって可能だ。パーカー・シリーズを読みながら、あれ、あなたひょっとしてタイニーか?フレッドかセルマかラルフかハリーかウォーリーか!?…てね。

 

ところで、なぜ私はドートマンダー=パーカーと考えなかったんだろう? ドートマンダー・シリーズはもともとパーカー・シリーズの分身として生まれたようなものらしいし、したがってパーカーを別の角度から楽しむときは、主人公同士、ドートマンダーに置き換えるのが普通だろう。ケルプがまず、スタン・マーチに「(パーカーが)ドートマンダーを思わせるやつだよ」と言っている(…たぶん見事な犯罪プランを立てるあたりを言ったのだろうが、相棒があれだけ人殺しをする男だったらどうするんだい)。

 

思うに、パーカーの分身のように生まれたからこそ、ドートマンダーはパーカーでありえない。ドートマンダーという主人公である以上、ドートマンダー以外ではありえない。当たり前のようだが、そう思える。

 

 

……だからってケルプに白羽の矢を立てるのはどうかねぇ……。

 

 

 

(以下、通常営業)

大変失礼いたしました。書くことがないからってこれを引っ張ってきて、自分も含めて誰得でございました。

まあ、今もこんなようなもんですけども(苦笑)。

 

『パーカー・シリーズ』はとくに絶版になってしまっているものが多いのですが、私は当時アマゾンさんで中古購入したり、東京都区内の図書館を歩きまわったりして、シリーズすべて読破かないました。『殺戮の月』(1974)は最高すぎて昇天するレベルです。オールスターキャストものなので、シリーズの最初に読むのはおすすめしませんが。でも私もシリーズの順番どおりに読んだわけではなく、それでもすばらしかった。

そして何年か後に、シリーズ末のあの作品を読んで、だいぶショックだったなぁ。パーカーが、パーカーがあの人を……!(ネタバレに配慮させていただくつもりですが、たぶんこのまま翻訳はされないんだろうな…)。

 

……『殺戮の月』諸々を読んだ後にも思いましたが、下手に無難で有能であるより、ちょっとばかり足を引っ張る人困ったさんのほうが、たぶん安心。それが教訓。

 

 

 

ジミー・ザ・キッド (角川文庫)

ジミー・ザ・キッド (角川文庫)