読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

A.Banana.S

古代ローマ、ナックス兄さん、ドートマンダー・・・好きなことをぽつぽつと。

遅くなりましたが・・・

 

あけおめでございます。……いや、もう遅いから。でも去年はブログすら投げ出して消えておりましたっけね。

 

去年、仕事納めをして、二日後に見事風邪を引きました。気が緩んだってことかよ、わかりやすい奴め…と思いながら、ぐったりと紅白歌合戦をフルで観ました。なにしろ大泉さんが審査員席におられたので。しかし大泉さん、テレビ越しに観ていた私でさえ思ったんです。あのショーを目の前で見せられたら、自分も舞台に立って歌いたいと思いますよね。少なくとも私の脳内は、もう兄さん方がナックスハリケーンで歌って踊る妄想でいっぱいになってしまいましたよ。そのあとダイアリーで大泉さんが「次は歌って出るわ」と書かれたのを拝見し、もう我が意を得たりの心境でした。期待してますっっ!!

 

……んで、自分の話に戻れば、正月三が日もあれば風邪も治るべとタカをくくっていたら、仕事始めの日にまさかのぶり返しで、中でも最悪のコンディションだったという体たらくでした。もう鼻水が止まらず、マスクを5枚も駄目にし、周囲にうつりやしないかと気が気ではなく。…そしたら大泉さんもまたダイアリーで、「年末からの風邪がなかなか治りません」と書いておられて、…なんだこのシンクロぶりは、と(笑)。

 

こうしてほぼ完全なる寝正月を過ごしました。それにもかかわらず風邪は治りませんでしたが、昨日今日でだいぶマシになったかな。

おかげで、来年の…いや今年の目標を決めたりそれに向けての調べものをしたりするつもりだったのが、まったくなにもせず。…いや、私が未だ尻込みしているというのも大いにあるんでしょうけどね。

 

いつまでぐずぐずしているんだ! 行動を起こせ! …ってね。

 

…実はわたくし、乙女座でございまして、今年は木星がこの乙女座の部屋に入っているがために、ほとんどあらゆる占いで良いことばかり書かれています。

恋をしている人間、あるいは人生に迷っている人間(たとえば私のような)は、とかく占いを見まくります。まあ私の場合、まず無料占いばかりですけどね。

 

すると幸運の星が乙女座に来ているがために、ポジティブなメッセージをたくさん目にします。

「積極的に行動を!」「自分からアプローチして◎」「自分に自信を持って!」「自分を好きになって! 大切にして!」「どんどん外に出て吉!」「思い切って転職を!」「新しいことにチャレンジを!」

 

……私は、あまりに無料占いを見すぎたのでしょうか、今やだんだんひねくれてしまいました。いや、元からかもしれませんが。――は? 自分に自信を持って? なんで自信を持たなきゃいけないの、自信を持てるどんな要素があるんだよ? 自分を好きになって? 死にたくない程度には自分を好きだけど、なにをどうしたら好きになったことになるの? 大切にしたことになるの? 積極的に行動? どんどん外に出て新しいことにチャレンジ? ああ、そうだよ、こちとらものすごくものすごくそうしたいんだよ。でもできないんだよ。目標も見つけられなければそれを探すだけの力さえ、今はわいてこないんだよ…。でも、変わりたいんだよ。それは嘘じゃないんだよ…。

 

うわああああ……、新年早々、遠慮もなく、これまでにもなくネガティブ全開でごめんなさい~~!! でも本来、こういう奴なんですよ。

しかもタチの悪いことに、だからって良いことを書いていない占いが読みたいわけじゃないんです。悪いことが書いてあったらそれはもうさらに暗澹たる気分になるでしょう。ホント、身勝手な奴です。

 

星占いの世界でいう、十二年に一度の幸運期を逃すことが怖いのでしょうか。怖いというか、逃したあとで、だからあのときもっとがんばっておけばよかったのよ!と、だれかに…自分の内なるだれかに、言われるのが怖いんでしょうか。

 

石井ゆかりさんだけは「耕耘期」と書かれていますけれども。

 

ですが振り返ってみれば、…ちゃんと木星が入っていた時期を確かめたわけではないのですが、今からおよそ十二年前、まさに私は人生のどん底におりました。よくぞ生きて帰ったと今でも思うような地獄でした。

……別にだれかになにかをされたわけではありません。今思えばまったくたいしたことではなかったと言いきれるほどですが、あのとき私は精神を病んでしまいました。治った今だからこそ言えるのですが、それより前も不登校をくり返し、それより後も会社をすぐ辞めて引きこもりになったりもしたのですが、それらはたとえ自分の心の弱さが原因だったとしても――

(本当はこのように言いたくはありません。同じ状況で苦しんでいる方々にそのように思ってほしくないからです。あなたが弱いからではありません。いや、弱くていいのです。なにが悪い。そんなことでは社会で生きていけないとだれかが言いますか。でもここに生きているやつがおりますから。一人の力ではないですけれども。弱さを責めると、それこそ本当に生きていけなくなります)

――あの時期だけは本当に病気だったと確信を持っています。

 

第一志望の大学だったのに、通えなくなりました。なにも頭に入らなくて、それでもあがいたけれどもますます具合が悪くなり、悲惨な成績を取りまくり、結局一年休学しました。おっと、もう年齢がバレますな。

 

それで、正直、占いにちょっと興味を持ちはじめてから、私は木星が自分の太陽星座の部屋に来るのが怖くなりました。またなにもかもなくして絶望するような地獄に戻らなければいけないのかと。幸運の星と言われる木星ですが、良くも悪くも「拡大する」星であるそうですから。

 

でもまあ…今のところそこまでは悪くありません。風邪を引いても食欲は旺盛で太ってしまったくらいだし、仕事もまだ続けているし、積極的に出歩けはしなくても、好きなものを楽しむことはできますから。あのときは自分が大好きだったものにまで、まったく近づけなくなってしまいましたっけ。

 

けれども不思議なものですね。あの地獄が、来る日も来る日も泣き叫んで、リスカこそしなかったものの毎日壁に穴を開けるほど頭をぶつけて自傷行為もどきをしていたほどの苦しみが、ある時を境にすっとなくなっていったんですよね。もちろん完全になくなるにはもっと時間がかかりましたが。何度も変えてもらった末の薬がようやく効いたのか、それとも私の心身がなにか変わったのか、それともだれでもない自然が起こした現象だったのか、今もよくわかりませんが、とにかく苦しみは終わりました。終わりが来ました。

 

あのときは死にたい死にたいと毎日泣いていたものですが、それを実行にうつさなかったこと、自ら死ぬことがある種の度胸だったとしても(実際にそうかどうかは置かせていただきますが)、その度胸がなかったこと、ただひたすら死なずに待ち続けたこと、それで良かったと思います。なにしろあの当時の私は、好きな本を読み漁ることも、海外旅行することも、仕事をする喜びも、恋人と両想いになる奇跡も、小説を書き上げる苦労と楽しみも、なにも知らずにおりました。生きていれば良いことがあるというのは本当ですね。

 

果ての見えない苦しみも、いつか終わります。少なくとも私はそれを、まだ若いうちに体験しました。

 

だからまあ…新年早々なに重いこと語ってんだかって話ですが、飽きるほど占いを見まくったということは、要は、今はまだ行動に移せなくても、まだ私はこの新年にも、これより先の将来にも、希望を持っているということです。もう少し休んだら、あるいは仕事が落ち着いたら、それを探しにいくかもしれません。

 

そんなことしなくてもすぐそこにあるのかもしれませんけどね。

 

 

皆様、心よりどうぞ、良いお年を!