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A.Banana.S

古代ローマ、ナックス兄さん、ドートマンダー・・・好きなことをぽつぽつと。

ひっそりと、打ち上げ花火(お知らせ)

古代ローマ 書いた小説

 

短刀・・・いや単刀直入に(^_^;)

 

実は、小説を書き上げていました。ティベリウスが主人公の。

取りかかったのは4年前です。2011年、イタリア旅行から戻って2か月後の8月から。諸々の文献を自分にできるかぎり読み漁って、実際に書きはじめたのが同年11月末。

夢中になって書きまくって暮れた2012年。

完成は2013年5月。

 

要は、それを近々ウェブ上に載せようかと企んでいるところです。

 

なにをそれしきと思われるでしょう。昨今、創作小説をアップしている方がどれほどたくさんいらっしゃるか。

 

が、これが私にとってはもう笑うしかないほどの一大決心でして。

 

結局やめにして、このブログの記事ごと消える可能性も、まだなきにしもあらずです。

 

でもまあ・・・ひとまずでもこうしてお知らせしたからには逃げんなよーと思うことにして。

 

 

以下、また長くなるのでご注意を。

 

昔から物語を考えるのが好きでした。小学校時代は漫画家になりたかったな。

それまでも自分のオリジナルや、いわゆるゲーム等の二次創作になる小説を書いたことはあったのですが、それらは質的にも権利的にも、堂々と他人様にお見せできるものではなく、ましてや出版などできるはずもなく、ひそかな趣味でした。メモ帳程度のノートにごく小さい字でこそこそ書いて終わり、という具合に。

ところが、あの年初めて、私は大っぴらに自分の作品だと発表したい、他人様にぜひ読んでいただきたいと思う構想を得ることができました。

 

疑っていませんでしたね、面白いものができるということに。疑っていたら、およそ2年も無我夢中で書き続けるなんてできなかったでしょう。それを思えば、完成するまで夢から醒めなかったことは、なんとも幸せなことでした。

 

出来上がった小説は、原稿用紙換算で2700枚超。

 

どこの新人賞にも応募できないはずですが(規定枚数は多くとも500枚程度です)、書いているあいだはそんなことは考えてもみませんでした。

それでも、枚数制限のない文学賞を見つけ、応募し、そして落選しました。

 

いただいた評が、

『歴史物ならば、独自の解釈や新説の驚き、人間ドラマなどで読ませどころを作ってほしかったです』

 

読ませどころがないとは、つまり、だらだら長いだけで、面白くないということです。

 

今はこのお言葉が事実を突いていることはわかります。

 

でも、あの当時はまだあきらめがつかず、途方にくれましたね。

原稿を持ち込みするようなコネもあるはずがなく(今思えば、やらなくてよかった)。

自費出版する資金があるはずもなく。

 

家族の一人、そして知り合いの一人に、読んでもらいました、本当にありがたいことに。

どれだけの負担を与えたか今はわかります。

結果、家族は読み終えるのに4か月かかりました。知り合いは、結局読み終えることはなかった様子です。それがすべてです。

けれども家族は、終盤の第4章からは、ものすごく面白かったと、言ってはくれました。私としてもそこが読ませどころのつもりだったのですが、まあ、2700枚を費やすほどのものとは思ってもらえなかったのでしょう。あるいは、それでも独自性に欠けたのでしょう。

 

家族はもっと短くしてみたらとアドバイスをくれました。第4章にたどりつくまでを、もっと短く、と。

私もそれを試みてはみました。しかし結果は、2700枚が2400枚になる程度でした。それでもまあ、やらないよりはだいぶマシになったかな。最初に自分の小説の欠点が見えたのは、このときでした。もちろん書いているあいだも、もっと自分に文才があったらとか、泣くほど悔しくもなりましたが。

それでも自分の書いているものが面白いと、幻想でもなんでも信じられなければ、書き終えるなんてできませんって。

 

2400枚の落選原稿の受付先があるわけもなく。

 

それから今年にいたるまで、長いあいだ、迷いに迷っていました。

それまでの私にとっては、ウェブに掲載すること、イコール、あきらめることだったんですね。

そうすればほとんど読んでもらえないであろうことが、わかっていたんでしょう。

 

では、2400枚をさらに削減するか。

その努力を、しようとしました。

視点を変えれば、着眼点を変えれば、なにか抜本的な改革を施すことができれば、この落選原稿は生まれ変われるんじゃないか、と。

色々、考えました。

 

あるいは、ほかの短い作品を書いて、賞に応募することも考えました。実際、別の家族はそうするよう勧めてくれました。

プロになりたいと思う人は、そうするのでしょう。そして、そうできる人でなければプロにはなれないのでしょう。たった一つの、しかも処女作にいつまでもこだわって、そのほかになにも書けないような人間がプロになれるなんて、そんな甘い話があるわけがないのでしょう。

それで、次の小説も、書いてみようとしました。でも、途中で止まりました。きっともう、以前ほど夢を見られなくなったからです。

 

考えました。考えて、考えて、結局答えが出ないまま、時間だけが過ぎていきました。

 

先に終わらせた旅日記。あの旅は、実のところを言わば、取材旅行にしたいという気持ちがあったのでした。小説の続きを書きたかった。そして、あきらめたくなかった。でなければ、どうしてあえてスペルロンガに行きますか、アオスタに行ってアルプスを見たいと思いますか。

 

つまりは、ええ、去年ブログを立ち上げたときからすでに私は、行き場のない落選原稿を抱え、迷い続けていたのでした。こいつをどうしたらいいんだ、と。

まだ枚数規定のない新人賞が、ないわけではありません。でも私にはもうわかっていたんですね、こいつはもう無理だ、と。2400枚ですよ! しかももうそれほど面白いとは信じられなくなって。

 

この迷い、この実にわがままで悶々とした行き詰まり感に、人知れず苦しめられました。2年も。

 

まあ、推して知るべしですな、このブログを読んでいただけたなら、私の文才は(笑)。

けれども私に文才があるとかないとかそんなことは正直どうでもよく、ただ書きたかったんですよ。ティベリウスが、彼の物語が。

 

そんなある時でした。今春、私はプロの方にお会いする機会に恵まれました。その方は私の話――長大な原稿をなんとしても短縮できないという話を聞いて、こうおっしゃったのでした。

 

「自分の文章が好きなんだね」

 

これ以上ない、鋭い一言でしたね。

 

ああ、結局そういうわけです。だれに面白くないと言われようが、長すぎようが、下手くそだろうが、そもそも読んでもらえなかろうが、つまるところ、自分の好きなものを好きなように書いたわけだから、好きじゃないわけがないんです。

 

その方は2ヶ月に1作のペースで書き上げる、そのジャンルではかなり人気を得ている方です。

それを伺ったとき、私には無理だと思いましたね。プロになるのは。

プロとは規定枚数を守り、締め切りを守り、そして一定の質を保ちながら長く書き続ける人のことだと思い知りました。そうして食べていく。読者に応えていく。

私にはそのうちのなに一つできません。これだけ長いあいだ悩んだのに、原稿を削ることも、次の作品を仕上げることもできなかった。

 

それは、私の努力不足でしょうか。それもあるでしょう。

でも結局、それは好きだったからです。自分の文章ではなく、書いたものが。ティベリウス帝に恥じないようにとの思いを傲慢勝手にも背負って書き上げた、この出来損ないの落選原稿が。出来損ないと言うのさえ、本当は嫌なくらいです。ティベリウスを書いたのでなければ、平然と自分の書いたものをそう呼んだでしょうけれど。

 

それから、徐々にですが、私はあきらめていきました。無理に原稿を削ることを。賞に応募するために、だれかに読んでもらうために、プロになるために。

 

それでもなお、優柔不断なもので、悩んでいました。ブログを再開して、旅日記を始めたとき、これが書き終わるころには決心もついているかな、と他人事のように思っていたものでした。

でもまさか、本当に決心がつくとは(笑)。

ようやくそんな気がしたのは、今月になってからです。それでつい思わせぶりになり、自分で自分にイラつくという(苦笑)。

 

なんで決心がついたんでしょうね。このブログでさえ、たまにアクセスが2けたになると、すわ炎上か!?なんかマズいことでも書いたか!?と慌てるほどなのに。読んでもらえるとでも思ってるんでしょうかね、2400枚分も、読ませどころがないものを。

 

でも少なくとも無料でウェブ上に載せるかぎり、もうだれにも極力迷惑をかけずに済みます。読みたくない人に読ませる必要もなく、お金を払っていただく必要もなく、申し訳ないのはかけていただいた時間だけ・・・ってこれがいちばん貴重なんでしょうけどね。

 

 

去年だったと思いますが、NHKの番組をたまたま観ました。『100分de名著』。取り上げられていたのは、プラトンの『饗宴』。

それによれば、すべての人間は「懐妊」状態にあるのだそうです。老若男女問わず。

そして、美しいものに出会うと、「出産」したいと思うのだそうです。それは身体的にかもしれないけれども、「魂の懐妊」というものがある、と。

たとえばすべての詩人(芸術家)、職人、立法者、教育者など、なにか善いものを産み出そうとしている人のことだそうです。

すべての詩人というところが、ありがたくはないですか。五流でも十流でもど素人でも良いとでもいうように、都合よく解釈できそうではないですか。

 

『その人のそばにいようと、離れていようと、その人のことを記憶に留めながら、それまでにはらんでいた知恵を産みつけ、出産する』

 

その「出産」とは、つまり子どものことばかりを意味するのではありません。

それを思えば、世の中は「出産」であふれています。すべての人が、確かに「懐妊」しています。

そして「出産」ですから、やはり一人ではできないそうです。機が熟し、そして「他者」がいなければならない。

まず「他者」と出会う。そしてその「他者」もだれでもいいというわけではない。

 

曰く、『美しいと思う相手との出会いがあると、二人のあいだに子どもができる』

 

 

おおっと。おおっと。今私はとんでもないことを言おうとしているのかな。

 

 

プラトンは、ソクラテスに出会って『饗宴』を出産しました。

 

二千年の命を得たそれには、遠く、遠く、あまりにも遠く及ばないにしろ、

 

今はどんな出来でも、「出産」できてよかったと私は思います。こんなうれしいことがありますか。美しいものに出会い、出産できたわけですよ・・・!

 

 

しかし私は、つい最近までこの「出産」したものを、葬ることを考えていたのでした。いや・・・正確には、葬る決心をつけられずにいたのでした。

でも、どうせ、葬るならね、だれにも気づかれなくてもね、打ち上げ花火を上げてやります。

つまり、これがうちの子ですと、自分にふさわしいやり方で知らせるわけです。

 

これを葬ってしまったら、自分にはなにも残らなくなるのではないか。実のところそれがいちばん恐れていたことでした。後に残るのは、夢を見果てた才能もキャリアもない独りぼっちの高齢フリーターのみ・・・。

 

以前、恥ずかしくて下げた記事でもちょっと触れましたっけ。7月に、英検に落ちた直後の。あのときはまだ決心がついていなかったんですなぁ・・・。

 

今も怖くないというわけではありません。でもなぜかこのごろは、不思議と、そうなったらそうなったでなんとかなるか、という思いになることができました。昔、ティベリウスに出会うより前、そんなどん底を経験して、それでも生きながらえましたし、まあ大丈夫だろう、と。

むしろ今は、そうしてなにもなくなった後に見えるものを見てみたい気がします。

 

年を取ると、そういうところは図太くなります。

 

さて、そういうわけでして、これから2年ぶりの、最後の推敲作業に入ります。それであまりのひどさにくじけ、恥ずかしさのあまりこのブログごと消えることもありえますが、そのときは笑ってやってください。夢って醒めてしまいますから。

 

それでも一応、やると言ったからにはやるほうの人間だと思うので。

 

早ければ来月に。遅くとも年内にはと、思っております。

 

そのときは、ここでお知らせします。たぶん小説投稿サイト様か、もしかしたらここのブログをそのまま・・・なんてこともあるかもしれませんが、リンクを張ります。

 

もしもご興味を持たれましたら覗いてやってください。そして、少しでも読むのがしんどいと思ったら、どうぞご遠慮なくお戻りください。読みたくもない本を読む辛さは知っているつもりです。二度とだれかに押しつけたくないのです。

 

長々と書いてきましたが、要約すれば、素人が好き勝手に書き上げた、自己満足極まりない、趣味の小説をどこかに載せますということでした。

 

 

タイトルは『ティベリウス・ネロの虜囚』。

 

 

うーん、それでも4章後半からは、面白いと思うんだけどなぁ~。

 

書いたやつが私でなければなぁ・・・(笑)