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A.Banana.S

古代ローマ、ナックス兄さん、ドートマンダー・・・好きなことをぽつぽつと。

古代ローマ検定②&皇帝たちの頭髪問題

ちょこちょこですが、古代ローマ検定の勉強を始めています。

 

結局2級に申し込みました。ためしに公式問題集の3級の問題を無勉で解いたところ、100問中83点でした。勘で正解したのも数問ありましたが。

さすがに2級は無勉だとヤバそうなので、ひとまずテキストを読もうと思います。

 

ところでこの公式問題集の執筆者である、志内先生と長谷川先生の著作は拝読したことがあります。志内先生の『ラテン碑文で楽しむ古代ローマ』は、私の好きなティベリウス帝時代のところばかり食い入るように見ました。そこの時代あたりの碑文をもっと読みたいなぁ・・・。

 

長谷川先生の『古代ローマを知る事典』も大変わかりやすく、興味深く、ときに笑いどころみたいな箇所も含まれていて、楽しませていただきました。

確か・・・下水流れ込むティベリス川で子どもたちに水泳を教える大カトーとか、「あのキケロの馬鹿息子ーー」とか、ドミティアヌス帝著・禿を励ます本とか、堅苦しくなく読ませるお話満載でした。

 

ドミティアヌス帝が「禿を励ます本」を出版したことは、スエトニウスの『ローマ皇帝伝』に確かに書かれています。長谷川先生のおっしゃるとおり、禿はローマ男性にとって大きな悩みの種だったようです。

 

ドミティアヌス帝は、若い頃は美男で有名だったようで、塩野七生先生の『ローマ人の物語スペシャルガイドブック』においても、美少年ランキングに載っていました。そんな彼ですが、おそらく四十代に入ったころから、頭髪の後退が気になりだしたのでしょう。しかし私の脳内には、「あきらめろドミティアヌス、遺伝だ」と親指を立てている父帝ヴェスパシアヌスが浮かんでなりません(←ローマ人はそういうジェスチャーをしないと思いますが)。

 

兄のティトゥス帝は、41歳で亡くなっていますが、わりとふさふさに見えます。彼は、確か『ユダヤ戦記』の中だったかと思いますが、頭髪が薄く白くなるまで苦労した父君をいたわっていました。

 

ローマ人と頭髪問題を取り上げるならば、ユリウス・カエサルははずせないでしょう。禿隠しのために常に月桂冠をかぶっていられる権利を喜んだとか、凱旋式で部下たちに散々「禿の女ったらし」呼ばわりされたとかのエピソードが伝えられています。長谷川先生にも、えらく念入りに髪を前へなで上げている様子が「哀しい」と書かれていました。しかし私は彼の禿はかなりセクシーだと思います。女性にモテモテなのも頷けます。

 

彼の後継者、アウグストゥスはどうでしょう? 彼は禿に悩んでいたとの逸話は残っていません。76歳まで生きた人なので、さすがに薄くはなったでしょうが、「生涯のいかなる時期でも、美しく人目を引いた」(『ローマ皇帝伝・上』 国原吉之助訳 岩波文庫』)と書かれるとは、まったくうらやましいかぎりです。

 

我が愛しのティベリウスはどうか。彼がカプリ島に行く年のことですが、「頭は禿げて髪はなかった」とはっきりタキトゥスに書かれてしまっています(『年代記・上』国原吉之助訳 岩波文庫)。私はなんだかタキトゥスの悪意を感じてしまうのですが(ティベリウスの、だいぶ皺が目立つ老齢の像を見ても、禿げている様子はない・・・)、ただ、このときティベリウスは67歳です。それは薄くもなりましょう。

 

気の毒なのは、彼の後継者カリグラでしょう。彼は28歳で殺されてしまいますが、すでに禿であったことが記されています。遺伝・体質といった要因もあったかもしれませんが、不眠症で悩んでいたとの話も考えるに、相当な精神的ストレスを抱えていたのではないかと思います。ティベリウスとの息も詰まる同居生活が終わり、ついに皇帝となって好き放題できるかと思いきや、待っていたのはローマ帝国の統治という、これより重いものなどない責任だったわけです。彼による信じがたい散財やお祭り騒ぎが伝えられていますが、そんなことをすればするほど追いつめられていったのではないでしょうか。やらなければならないことから目を背ければ背けるほどほど苦しくなるという、我々でも経験する負のスパイラル、その皇帝版です。とんでもないです。まして彼はまだ20代半ば。これからの長い生涯、ずっとその責任を負って生きていかなければならないとは、考えるだに恐ろしいことではないでしょうか。

 

若くして皇帝になるのは、不幸なことのように思われます。